テッサー!!(風を切るイメージで)

というのはオールドレンズに足を踏み入れた方なら、多少なりとも聞き覚えがある言葉だと思います。テッサーおよびテッサータイプというのはその昔、一世を風靡したレンズ構成であり、望遠/標準/広角はもとより、マクロ、暗室引き伸ばし、コンパクトカメラなど、ありとあらゆる領域で長年にわたり活躍しました。

ここで、いま一度、テッサーを理解し直すために写真レンズの発展の歴史をごくかんたんに説明しておきます。これを知ると知らないとでは、戦前戦後のレンズを頭のなかでイメージできる度合いが違ってきますし、今後の記事の布石にもなるので。(このあと、当シリーズ記事は第二次世界大戦直後のレンズからノンコート時代に足を踏み入れる予定です)

  ~ 収差をまんべんなく抑えることに難儀していた時代 ~

約1886年 ショットが新ガラスを発明
1890年 ツァイスのルドルフがすべての収差を補正できるプロターを発明
1894年 合理的かつ発展性があり、明るく透過率も良く、
     安価に製造できるトリプレットの発明
1899年 ルドルフがウナーを発明
1902年 ルドルフがウナーとプロターを組み合わせ、テッサーを発明

  ~ テッサーが大ヒット ~

1932年 Contax I型と交換レンズのテッサー、ゾナーが発売
  ~ 反射防止コーティングの発明、実用化 ~
1939年 第二次世界大戦勃発
     アメリカで新種ガラスの発明
1945年 終戦
  ~ 反射防止コーティングと新種ガラスがひろまり、
   現代へ通じる写真レンズの高性能化がはじまる ~

※太字がツァイスが関与した事柄
※これらはレンズ設計の歴史のごく一部にしかすぎないことに注意


【参考文献】
「アサヒカメラ 1992年2月号」
[特集] コンタックスレンズ研究 コンタックス用レンズの発達
吉田正太郎 著 朝日新聞出版社

「アサヒカメラ 1996年12月号」
[特集 I] カール・ツァイスの150年 プラナーの100年 ツァイス・イコンの70年
高島鎮雄 著 朝日新聞出版社

「レンズデザインガイド」
高野栄一 著 写真工業出版社

いくつか補足しておくと、まず、光学の理論もガラス製造も初期段階であった1800年代中頃までは、各種のレンズタイプはいずれも補正できない収差が残ってしまう不完全なものでした。その状況を打破したのがショットの新ガラスおよび、それを使ったプロター(アナスチグマート)で、ここから写真レンズは急速な発展を遂げていきます。

※光学ガラスの進歩はおおまかに旧ガラス→新ガラス→新種ガラスという段階で区切られ、おのおのの発明がレンズ設計の重要なターニングポイントとなっている。新種ガラスについてはこの記事。https://sstylery.blog.jp/archives/82369122.html

1894年に発明されたトリプレットはプロターと同様にすべての収差を補正することができましたが、その単純なレンズ構成かつ優れた設計理論は近代の写真レンズの祖として数々の派生型を生み出し、のちの主流となるダブルガウスにも影響を与えるほどでした。となると、本当に画期的だったのはテッサーではなくトリプレットではないか?という感想はまさしく正しいのですが、トリプレットには実用面で非点収差(周辺画質の乱れ、グルグルのもと)が大きいという弱点があり、それが改善されているのがテッサーとなります。

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※光学的には、テッサーはトリプレットの3枚目を貼り合わせに変えたものと見たほうが自然と言われますが、ツァイスの主張では対称型をもとにした発明。

写真工業 1999年3月号
「特集 レンズの科学」よりトレース

テッサーはトリプレットとよく似ていることからわかるように、単純構成でさほどコスト高にもならず、透過率も良い(反射面の数が同等)などトリプレットの多数の利点を受け継いでいたので、万能高性能レンズとして圧倒的な人気を博し、写真分野におけるツァイスの名声をいっきに押し上げました。その当時の雰囲気がうかがえるのが、有名な「The Eagle eye of your Camera(あなたのカメラの鷲の眼)」という宣伝文句です。

デジカメWatch
カールツァイス入門・第一章
「設立175周年、カールツァイスの成り立ちと思想」

トリプレットもテッサーも各社によって多くの類似品が作られましたが、テッサーのほうが汎用性があり画質の高い上位版だったというのがひとつのポイントです。余談ですが、テッサータイプといった場合に、具体的にどこまでの範囲を含めるのか?と疑問が浮かびますが、一般的に写真界の〇〇タイプという言葉はわりあい緩く使われているので、おおまかに元祖テッサーに類似する形であればテッサータイプと呼んでしまってかまわないと思います。

たとえば、絞りが前方に配置されているElmar 50mm F3.5は設計の道筋としてはトリプレットの発展型らしいのですが、光学的な解説ではテッサータイプであるとして特に区別はされていません。


……と、こんなところで、テッサーについてのイメージが明確になったでしょうか? もう一度、簡潔にテッサーの特徴をまとめてみるとこうなります。

  • かつては万能高画質レンズとして名を馳せた
  • 光学系の全長が短くコンパクト
  • 単純なレンズ構成なので内面反射が少なく、抜けのいい写り
  • しかし、さらなる性能を求める時代の流れにはついていけず、元祖テッサーは明るさを必要としないカテゴリや安価な下位グレードで生きながらえていく

1902年の発売当初はその画質や使い勝手の良さをもてはやされ、3群4枚という単純構成ゆえにゆっくりと役割を終えていった標準系テッサーの最後のモデルは(自分の知るかぎり)2002年のCONTAX用Tessar 45mm F2.8 100 jahre、完全な新設計としては、2001年のAI Nikkor 45mm F2.8Pです。

そのおよそ100年もの間に標準系のテッサーはいったいどのように画質が変わったのか? 変わらなかったのか? という歴史の一部を厳密な比較撮影で確かめながら、テッサータイプの味わいをとらえることが今回の目的となります。



撮影に使用するのは、以下のレンズたち。

Tessar 50mm F2.8(戦前ノンコート、円形絞り、最短80cm、Exakta、1930年代後半)
Tessar 50mm F2.8(初期シングルコート、円形絞り、最短70cm、M42、東ドイツ、1940年代後半)
Tessar 50mm F2.8(後期シングルコート、6枚絞り、最短35cm、M42、東ドイツ、1960年代後半)

これらはすべてCarl Zeiss Jenaの一眼レフ用で、戦後西ドイツのContarex、Icarex用Tessarは混ぜていません。その製造年の差はざっくりと30年程度ですが、戦前のノンコートから戦後のマルチコートの直前までとなり、きちんと変革期は押さえているつもりです。

ひとつ注意点ですが、今回は3本のレンズをA→B→Cと、いっきに比較します。これまでは、可能なかぎり環境光を一致させるために複数本をまとめて比較することは避けていたのですが、A→B、B→Cというふうに違いを見れば十分ということに気づいたので、説明がややこしくなりますがご了承ください。

画像は年代順に並べ、その呼び名は戦前型戦後初期型後期型として話を進めていきます。そして、一番重要なのはすべての撮影をフードなしで行っていることで、前玉には容赦なく有害光が当たっています。これもいつもとは違うやり方ですが、今回はあえてフードを使用しないことで、反射面が少なくヌケが良いとされるテッサーの真の実力が測れるのではないでしょうか。



最初の画像がTessar 50mm F2.8(戦前型)、次の画像がTessar 50mm F2.8(戦後初期型)、次の画像がTessar 50mm F2.8(後期型)ですべて共通。

注記なければ絞り開放 マニュアル、絞り優先AEで設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル

※すべてフードなし


絞りF8
まず、この三種類の基本的な写りですが、戦前型は青く、戦後初期型はやや黄色い、後期型はさらに黄色寄り。画角はどれも変わらず、実効焦点距離はかなり長めの52.5mmあたりだと思われます。
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絞りF4
戦前型と戦後初期型は円形絞りですが、この絵ではあまり6枚絞りと差がありません。
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絞りF11
戦前型は順光でもやや軟調。
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発売年の遅さが反映されてか、一番抜けが良いのが後期型。
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戦前型のボケ量が多いのは他の場面でも同じでした。設計の方向性そのものは戦後初期型などと変わってはいません。
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テッサーがよく写る理由のひとつはコマ収差の少なさでしょうか。
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後期型は画面の端でややコマ収差が増えているような。
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テッサーの利点は周辺減光の少なさです。戦前型はノンコートの内面反射がからんでいるのか、一番平坦な写り。
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いちおう注記しますが、開放絞りです。
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他よりもコントラストが高い分、周辺減光を大きく感じるのか、はたまた単純に周辺光束が削られているのか?
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F2.8という暗さなので大口径レンズのように収差が暴れることもなく、落ち着いた近接描写です。14378


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さすがにノンコートには厳しい状況。
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いっきにクリアになるのが反射防止コーティングの威力。
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後期型は鏡筒内部に反射要因があるのか、逆光では筒内側壁反射の影響がちらほらと出ます。
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こういった背景で発生しやすいグルグル感。戦前型は隅のほうがけっこう酷いですが、これがこの時代のテッサーの平均的な描写かは不明です。ノンコート時代のレンズはロットごとに修正設計が行われていたりするので、1本見ただけではこまかい部分まで描写を断定できません。
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戦後初期型と後期型はよく似た描写ですが、時代差があるので設計は同一ではありません。
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輝度差が大きいので、空に段階フィルターを使っています。絞り開放ですが、この絵のみ、うっかり自動露出。
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絞りF5.6
直線はかなりまっすぐで、これは50mm F1.4では得難い特徴です。
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マクロヘリコイドを使用して、最短撮影距離を超えた接写。周辺減光の少なさと開放F2.8の落ち着きから、堅実に写るといった印象です。
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大口径レンズとは違い、あくまで忠実なボケ。
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テッサーは非点収差が大きめですが、背景が人工物であるかぎりは落ち着いた絵になります。
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あっさりした戦前ノンコートにくらべると、シングルコートになった戦後初期型と後期型はくっきりしていて濃厚です。
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ところが後期型は鏡筒内の反射要因がときおりコントラストを弱めます。
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絞りF8
さすがに戦前型は画面の最周辺部であきらかな画質低下あり。
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この中で一番、きっちり写っていたのが戦後初期型。等倍で見ても、特に問題は感じません。
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後期型はコストダウンか個体差か、周辺画質はやや甘いです。
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絞りF5.6
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非点収差と像面湾曲のチェック。設計自体はどれも違うようですが、1930年代の戦前型はさすがに一番画質が悪いです。
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最短35cmの後期型にあわせて、めいっぱいに寄った絵。周辺光量が豊富なので、中望遠並みにボケが真ん丸です。
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後期型はレンズ本体だけでここまで寄れます。
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絞りF5.6
ハレ切りさえもしていないので、さすがに右側に内面反射の影響あり。
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絞りF5.6
フードをしていないので、逆光の光はまったく切られていないのですが、反射防止コーティングありの戦後初期型に遜色ない写りを維持しています。
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恐るべし、テッサー!!

というのは、他のレンズタイプもごちゃごちゃに含めた評価ではなくて、テッサーが活躍した時代背景を考慮しながら、正しくレンズ描写を見つめた感想です。

Tessar 50mm F2.8の特徴は、1900年代初頭に実用十分の画質を達成した最小限のレンズ構成を受け継いでいることだと思いますが、その基本形がなんら変わないままに、現代でもふつうに問題なく使えてしまうことは驚きです。特筆すべきは、コーティングのない戦前型がこれほどまでに逆光に強いことで、画面内に直接太陽を入れないかぎり、戦前型のTessarはシングルコーティングを付与された戦後初期型、後期型に匹敵するほどのクリアな写りを示すのです。たしかに、ガラスの反射が多いことによる軟調さは多少ありますが、それは大口径レンズで見られるふんわり感とは別もので、さらに今回の撮影がフード未装着ということも考えると、テッサーのずば抜けた使い勝手の良さが浮き彫りになります。

この戦前型のTessar 50mm F2.8の抜けの良さはほんとうに驚くばかりで、だからこそ、かつてのテッサーは圧倒的な人気を呼んだのでしょう。考えてもみてください、最初にまずトリプレットが発明されました。そのレンズはこれまでの不完全な収差補正から脱し、しかも単純な3群3枚で逆光に負けないクリアな写りだったのです。これを一歩先に進めたテッサーはトリプレットと同じ3群構成(3群4枚)で周辺画質を改善し、そこからさらに明るさや全体画質の向上を目指したエルノスターやダブルガウスは、複雑化したレンズ構成によって逆光耐性は低くなってしまうのです。

コーティングのない時代に性能は上げたいが、多くのレンズを使うことで逆光耐性は下がり画像の抜けが悪くなる(トリプレットやテッサーの貼り合わせを増やしただけでは有効な解決策にならなかった)―――このジレンマから逃れたのは、F2やF1.5もの明るさを実現しながらも3群構成(3群6枚、3群7枚)を維持していたゾナーですが、標準域のゾナーはその設計の制約から一眼レフ時代を生き残ることはできませんでした。


「3群4枚」
これがテッサータイプの光と影である。

そう言ってしまえるほどに、標準系テッサーの利点と限界はこの単純構成によってもたらされていると思います。光学系のコンパクトさ、コストの低さ、逆光耐性とクリアな抜けの良さ、周辺減光の少なさ、それら多数の利点とひきかえになった性能向上の難しさ……。これらはすべて合理的な3群4枚構成がもたらす必然であり、テッサータイプは生まれながらに写真レンズに求められるひとつの最適解を見出していたのかもしれません。


……しかし、歴史的観点にのっとろうが、現在はデジタル時代。その誰にでも見ることができる等倍画像とともに、正直な画質評価をしてみましょう。

まず、この三種のTessar 50mm F2.8のなかで一番画質が悪かったのは戦前型で、これは設計技術や硝材の発展からいって当然といえます。中央部は他のTessarと同等ですが、周辺部は像流れが大きく、遠景では絞りこんでも画質の悪さが目立ちます。これはスナップの中距離でも同じで、絞っても開けても、常に戦前型はピントの悪さが印象に残りました。ただし、この頃のレンズは硝材のばらつきを補正するために修正設計が行われていたようですし、そういった時代にこまかな設計変更がなかったとはいえないので、自分の見たものが戦前型の代表的な画質とは言い切れないことに注意してください。(参考までに、もう一本、入手してみた別の戦前型は中央がいまひとつで、周辺部は比較的良好でした)

解像性能――すなわち、単純に細かいものをきっちり描写できるか?という観点では、新種ガラスを用いた戦後初期型ですでに文句のない性能が出ており、開放でも絞っても中級レンズ並みの整った描写を示していました。もちろん、テッサータイプの収差補正能力の限界によって、細部のキレがそれほどでもないことは事実です。時代的にさらに改良が見込まれる後期型は、本来ならばより良くなっているはずですが、微妙に戦後初期型よりも周辺が甘くなっており、これがコストダウンによるものか個体差なのかは不明です。

Tessarの泣きどころは非点収差の大きさである、というのはアサヒカメラのニューフェース診断室で再三、繰り返されてきた言葉ですが、たしかに、今回の三種のレンズのいずれにもこまかな草木のボケにグルグル感が出ており、一番、それが強かったのも戦前型です。ただし、このグルグル感は開放F2.8というボケ難さと本質的な収差量の少なさにより、一時期の大口径レンズほどには目立たず、さほどのやっかいさはありません。

その他、三種のTessarに共通する特徴としては、歪曲は優秀で直線はほぼまっすぐ、色収差は無くはないですが強い逆光以外では無視でき、周辺光量はたっぷりと余裕があり、大きく寄ったときのボケは整っています。

逆光耐性、コントラスト性能についてはすでに説明したとおり、コーティングのない戦前型はガラスの反射がそのまま作用している軟調さがありながらも、多くの場面でシングルコーティング並みのクリアな画質を示すなど、テッサータイプの優秀さを実感できます。戦後初期型と後期型はシングルコーティングが標準化した時代となり、さすがにさほどの優位性があるわけではありませんが、反射面の多い6群7枚やコーティング性能の低いレンズに対しては、依然として3群4枚の逆光耐性の高さを見せつけます。ただし、後期型は戦後初期型よりわずかな抜けの良さを感じつつも、筒内の側壁反射によるシャドー浮きが出る場面もあったので、テッサータイプがなんでもかんでも逆光に強いわけではないようです。

これらを総合的に評価すると、一番、完成度が高かったのが戦後初期型、味わい深さはノンコートの戦前型、逆光時に若干、描写が揺れるのが後期型という感じです。ただし、最短撮影距離が長めの前二者に対し、後期型は接写ができるおもしろみがあるので、実は三種のTessar 50mm F2.8は基本的に同じ描写ながら、それぞれにキャラクターが違うという興味深い結論になりました。



【Tessar 50mm F2.8の戦前型、戦後初期型、後期型の違い】

色調  戦前型は青い、戦後初期型はやや黄色い、後期型はさらに黄色っぽい
明るさ  戦後初期型≒後期型>戦前型
コントラスト 戦後初期型≒後期型>戦前型

解像力  戦後初期型>後期型>戦前型
ボケ  戦後初期型≒後期型>戦前型
歪曲補正  すべてほぼ同じ
周辺光量  すべてほぼ同じ

逆光性能  戦後初期型>後期型>戦前型
画角の正確さ すべてかなり狭い
絞り羽根  戦前型は14枚 戦後初期型は14枚 後期型は6枚
最短撮影距離  戦前型は80cm弱 戦後初期型は70cm弱 後期型は35cm


今回、Carl Zeiss Jenaの三種類のTessar 50mm F2.8を観察しましたが、戦前のノンコート時代から新種ガラスを使った戦後初期型が登場した時点でTessarの画質はすでに完成しており、そののちは発展していくダブルガウスの性能向上を横目にしながら、安価なカテゴリーで生産を継続されつつ、最終的にはさしたる改良のないままに最短35cmの接写という付加価値が与えられてそのラインナップを終えるようです。

しかし、設計に限界のあるテッサータイプといえどもコストをかければ性能が上がるのは間違いなく、1957年に発売されたELMAR 50mm F2.8は高級品を標榜するライカらしく非点収差がよくおさえられ、東側のTessar 50mm F2.8よりも上の画質、おそらくは西側のContarex用Tessar 50mm F2.8もELMARと肩を並べる性能ではないかと推測します。

そこからさらに、マルチコート時代に入るとCONTAX用Tessar 45mm F2.8が発売され、非点収差はほぼ克服されましたが球面収差はいまだ悪いまま。テッサータイプの決定版はやはりライカで、1994年にM6Jと同時に企画されたELMAR-M 50mm F2.8はとうとう安価なダブルガウス並みの収差補正を実現するのです。

ここまで総括すると、一見、標準系テッサーの画質を入門用にとどめていたのはメーカーの都合ではないかと思えてきますが、大口径レンズが活躍する時代にF2.8の壁があるテッサータイプにさほどの魅力はなく、おそらくは史上最高画質となったELMAR-M 50mm F2.8に破格のコストがかけられたのは例外中の例外だったのでしょう。



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最後に、Tessar 50mm F2.8の味について。

3群4枚を維持したTessarの画質は、はっきりいって実用十分を超えることはなく、開放F2.8という制限によってボケで遊ぶこともできず、現代の目からはあまりにも普通すぎるレンズとして一蹴されてしまうかもしれません。しかし、詩的でもファンタジックでもないその堅実な写りは3群構成の抜けの良さにささえられ、解像力がもの足りないのにくっきり写るという他の高画質レンズでは成し得ない個性を与えています。

CONTAXのTessar 45mm F2.8とPlanar 50mm F1.4を比べたときには、マルチコートによる鮮やかな発色がありながらも細部のキレがいまひとつだったTessar 45mm F2.8に特別な味わいは感じませんでしたが、それよりも発色やコントラストが劣るシングルコート、ノンコートのTessar 50mm F2.8のおだやかな写りには、このにぶい解像力がよく合っているように思えました。

左: Tessar 50mm F2.8(戦後初期型)  右: Tessar 45mm F2.8  ※フードなし
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Tessar 45mm F2.8 AEJ #2 Planar 50mm F1.4 AEJとの比較

とかくTessarはハイコントラストだといわれますが、あくまでそれは内面反射の少ない適正コントラストに過ぎず、ハイライトがとびやすくシャドーは容易につぶれて使いづらいなどという文言は画質の悪い大口径レンズの開放描写を基準としているか、あるいはラチチュードの狭いポジフィルムの最盛期に生まれた印象ではないでしょうか。

しかし、コーティングのない戦前型はともかく、シングルコーティングが付与された戦後以降のTessarではかなりの場面でかっちりとした写りが得られるのも確かで、もし、いまどきのユーザーがオールドレンズ的な繊細さを求めるのなら、かつてのElmarのようにフードを使わずに、意図的に内面反射を増やして撮影したほうが愉しめるのではと思います。もともと、テッサータイプの使い勝手のよさはフードを使わなくても十分な写りが得られることが、その一因にあったでしょうから。

また、Tessarの意外な長所に周辺減光の少なさがあります。その程度は他のレンズタイプよりも多少良いどころの話ではなく、開放描写を積極的に使える理由となっています。その他にも、直線がまっすぐ写り、細部が派手に滲むこともなく、光学系はいたってコンパクトというこれらの特性はすべてがスナップ撮影を気軽にこなせる利点となっており、画質の悪さで芸術性がつくり出される大口径レンズとはあきらかに活躍の場が違うことを示唆しています。


1900年代初頭に発明され、万能高画質レンズとして名を馳せたテッサーは、まさにその評判どおりにスナップ撮影用レンズとして間違いのない画質を誇り、その印象は100年以上たった現代においても変わることはありませんでした。いうなれば、Tessar 50mm F2.8はいつの時代のものでも、はるか大昔から人々の暮らしを写しとってきた風格をただよわせているのです。

生まれ出た瞬間にすでに最適解を見出していたテッサータイプ
その偉大なる3群4枚構成に、200年後もさらなる未来の果てまでも光あれ!