前の記事で、アトムレンズか否か?を判断する決定打として線量計を使いましたが、せっかくなのでいろいろなパターンで測った放射線量をもとにアトムレンズの扱い方を考えてみたいと思います。

もちろん、世間で言われているようにアトムレンズはふつうに使っている分には危険ではありません。でなければ、国で規制されて今現在の中古流通でさえ途絶えていたでしょうから。でも、なんとなくぼんやりとしたイメージだけでなく、もっとわかりやすい指針があると安心して運用できるのではないか? そんなふうに思って、この記事を書いてみました。


サンプルとして用いるのは、東独Carl Zeiss JenaのPRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型)と、東京光学のRE GN TOPCOR M 50mm F1.4です。どちらも長い間、放っておくと後玉がまっ茶色になるまぎれもないアトムレンズです。特にPRAKTICARはなかなかに黄変具合がものすごく、遠目から眺めるだけで内部のにごりの濃さが分かってしまう恐ろしい状態でした。

どよ~~ん
13581


それでは、まず放射線の話から。

アトムレンズで使われているトリウムという放射性物質が出すのは、まず、アルファ線(α線)です。しかし、アルファ線は紙1枚で止まるほど物体への透過力が弱く、人体に外部被ばくしても皮膚の角質層で止まってしまうので特に問題にはなりません。

この図はアトムレンズの一例にすぎませんが、アルファ線を発するオレンジ色のトリウムガラスの前後には通常のガラスが置かれているので、前玉からも後玉からもアルファ線は出てきません。これらの外周部にも金属の筒があるので同じです。

13580

つぎに、トリウムからα線が放出される際に、ガンマ線(γ線)が発生するのですが、これが物体を透過して問題となるのです。ガンマ線は前玉や後玉、鏡胴さえも通り抜けて人体の内部に影響を与えます。しかし、ガンマ線も遮蔽物があれば減衰し、単純に放射線源から距離を置くという対処法も有効です。この実態を線量計で計測し、アトムレンズの実用的な運用の仕方を考えるのが今回の趣旨です。

また、アルファ線は大丈夫といってもそれは外部被ばくの場合です。もし、万が一、トリウムガラスの破片や粉を体内に取り込んでしまうと内部被ばくとなり、細胞に莫大なエネルギーを与えることになります。アトムレンズの分解整備は厳重に注意してください。(トリウムガラスの使用をいち早く中止したメーカーは、ガラスの製造/加工時の内部被ばくを危惧していたと言われています)



なにはともあれ、線量計でアトムレンズを測ってみましょう。

これが自室の自然放射線量で、時間の経過とともに揺れ動くこの数値の平均は、だいたい0.040 μSv/hとなります。今回使用した空間線量計では、1分間隔で5回計測した数値を平均しなければならないようです。

この数値は、地域の自治体が公表しているものとほぼ同じでまったく問題ありません。
13584


ところが、線量計をPRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型)の後玉に密着させると、出てきた数値はおよそ7.860 μSv/h前後!! これは日常の生活圏としては間違いなく異常な数値で、実際にこの放射線量を目の当たりにした時には心臓がバクバクしました。

アトムレンズの後玉は自然放射線量のおよそ196倍で、まさしく放射性物質の存在が示されています。
13585


アトムレンズは危険ではない……そんな常識を知っていてもなお冷や汗が出るこの数値は、実は正しく情報を整理すると見方が変わります。なぜなら、この線量計で用いられている単位はμSv/h(マイクロシーベルト/時間)、すなわち、1時間同じ状態を維持していることを想定した放射線量だからです。

噛み砕いて言うと、アトムレンズの後玉に手が近づいているのなんてほんの数秒で、1時間ずっと後玉に体が密着していること自体がありえないのです。このことについて、単純計算してみると――

PRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型)の後玉に手を置いた場合】
7.860 μSv ÷ 60 = 0.131 μSv 1分間で0.131 μSvの外部被ばく
0.131 μSv ÷ 6 = 0.021 μSv 10秒間で0.021 μSvの外部被ばく

どうあがいても避けることのできない自然放射線量が1時間で0.040μSvですから、一時的に後玉に触れたときの被ばく線量など、たかが知れていることが理解できます。


「でも、撮影時はカメラを構えるので、常にレンズに手を置いておくよね?」

という疑問をもったあなたは鋭いです。
そこで、よりくわしくPRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型)の放射線量を調べてみました。なお、これ以降の数値はすべて自然放射線量の0.040 μSv/hを引いたものです。

13583
※この図の放射線量は密着です。


PRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型)
【前玉密着】1.116 μSv/h
【鏡胴側面密着】2.310 μSv/h
【後玉密着】7.813 μSv/h


このレンズは絞りの後ろにトリウムガラスがあるので、後玉側よりも前玉側のほうが放射線量が少なく、金属鏡胴もそれなりに遮蔽物の効果を果たしているようです。

PRAKTICAR+マウントアダプター(PB-NEX)
【最後部密着】2.398 μSv/h

PRAKTICAR+マウントアダプター(PB-NEX)+α7II
【カメラ背面密着】0.732 μSv/h

厚みがあるミラーレス用のマウントアダプターを装着するだけで後玉の放射線量はおよそ1/3になり、さらにこれをミラーレスカメラに装着するとおよそ1/10になりました。ガンマ線の特性どおり、距離+遮蔽物がかなり効いているようです。

だいたい基本的な数値はわかったので、ここから、アトムレンズで撮影したときの被ばく線量をおおざっぱに計算してみます。オールドレンズの撮影スタイルは人それぞれなので条件付けが難しいですが、撮影時間の半分をカメラを構えている時間(ファインダーを覗く際のカメラ背面密着とレンズを支える鏡胴密着)とし、残りの時間をストラップで運搬(カメラ背面、鏡胴側面のいずれかに体が密着)とします。

(カメラ背面密着 + 鏡胴側面密着) × (撮影時間 ÷ 2) + (カメラ背面密着 + 鏡胴側面密着) ÷ 2 ) × (撮影時間 ÷ 2) = 1日の被ばく線量

なお、この計算方法はカメラのグリップだけを保持して被写体を探している状態、そのときどきによって被ばくする部位が違うことなどを無視したとても大雑把なものです。

【一般人が受けてよいとされる人工的な1年間の被ばく線量の目安】
1000 μSv(1 mSv)

【PRAKTICARを1年間で週2日、6時間使う場合】
13.689 μSv(1日の被ばく線量)
1423 μSv(104日分の被ばく線量)

【PRAKTICARを1年間で週1日、6時間使う場合】
712 μSv(52日分の被ばく線量)

((0.732 μSv + 2.310 μSv) × 3) + (((0.732 μSv + 2.310 μSv) ÷ 2) × 3) = 13.689 μSv
13.689 μSv × 104 = 1423 μSv
13.689 μSv × 52 = 712 μSv

1日の撮影時間を6時間としましたが、これは午前と午後を合わせて食事/休憩/撮影地への行き帰りを省いた一般的なものを想定しています。

この条件で毎週2日、1年間撮影を繰り返すと、PRAKTICARでは1423 μSvと、1000 μSv(1m Sv)の基準を超える数値が出てきました。しかし、これはかなり多めに見積もった計算式で、例えば、ファインダーをのぞく時間を減らす(背面モニターのチルト撮影にする)、距離のある移動時はカメラバッグに収納するなどで被ばく線量はさらに少なくできます。

※背面モニター撮影、移動時にカメラバッグ収納を併用

【PRAKTICARを1年間で週2日、6時間使う場合]
9.212 μSv(1日の被ばく線量)
958 μSv(104日分の被ばく線量)

【PRAKTICARを1年間で週1日、6時間使う場合】
479 μSv(52日分の被ばく線量)

(2.310 μSv × 3) + (((0.732 μSv + 2.310 μSv) ÷ 4) × 3) = 9.212 μSv
9.212 μSv × 104 = 958 μSv
9.212 μSv × 52 = 479 μSv

チルト撮影でカメラを体から離した状態の放射線量は測っていませんが、距離による減衰があると思われるので撮影時のカメラ背面密着を0 μSv/hに、長い移動時にはカメラバッグに収納するということで、(カメラ背面密着 + 鏡胴側面密着) ÷ 4にしてみました。

その結果、年間の被ばく線量は減るには減りましたが、週2日6時間の撮影ではようやく1000 μSvを切るあたりで、放射線の影響は依然として無視できません。

しかし、心配しないでください。そもそもこの撮影条件は極端な設定であり、365日のうち104日をたっぷり撮影し続けるということは、「あまりにもアトムレンズが好きすぎる撮影者がアトムレンズだけを使って集中的に作品作りに勤しんでいる」などという状態なわけです。こういう人がいないとは言えませんが、ふつうに考えれば放射線の出ないレンズも使い分けますし、半日の2~3時間しか撮影できない時もあるはずです。

これらの数値から確実に言えるのは、アトムレンズであまりこんをつめた撮影を繰り返すと被ばく線量が国が規定した1000 μSv(1m Sv)を超えてしまうことがある、ということで、当然といえば当然ですが、アトムレンズはゆるく楽しみましょう、というごく一般的な見解になります。


アトムレンズで三脚撮影をしている方は少ないでしょうが、せっかくなので被ばく線量を出してみます。計算式の修正は、撮影時のカメラ背面密着を0 μSv/h、鏡胴密着 ÷ 2に、三脚を使うと手持ち撮影ほど頻繁に移動しなくなるので、(カメラ背面密着 + 鏡胴側面密着) ÷ 4としました。

※三脚使用、背面モニター撮影

【PRAKTICARを毎週2日、6時間使う場合]
5.747 μSv(1日の被ばく線量)
598 μSv(104日分の被ばく線量)

【PRAKTICARを毎週1日、6時間使う場合]
299 μSv(52日分の被ばく線量)

((2.310 μSv ÷ 2) × 3) + (((0.732 μSv + 2.310 μSv) ÷ 4) × 3) = 5.747 μSv
5.747 μSv × 104 = 598 μSv
5.747 μSv × 52 = 299 μSv

三脚の使い方も千差万別なのであくまで参考程度ですが、この数値はどっしりと風景を撮るために構えたものではなく、比較的、多くの被写体を撮り歩く撮影スタイルを想定しています。


補足として、追加被ばく線量の1000 μSv(1 mSv)という目安ですが、これはもともと福島の原発事故をきっかけに定められたものです。自分の理解では、一般人が日常生活をしていくうえで避けられない被ばく線量以外で意識すべき数値であり、これを超えたら健康被害が出るというようなものではありません。例えば、医師の診断で必要とされる放射線検査は、1000 μSv(1 mSv)より多い放射線量が普通にあります。

環境省
第2章 放射線による被ばく
2.5 身の回りの放射線 「年間当たりの被ばく線量の比較」
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h29kisoshiryo/h29kiso-02-05-03.html

13586

 自然・人工放射線からの被ばく線量
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/kisoshiryo/attach/201510mat1s-01-6.pdf

13587


ガンマ線は距離だけでも減衰するので、PRAKTICARで一番放射線量の多い後玉と距離の関係を調べてみました。

【後玉密着】7.813 μSv/h
【後玉+3cm】2.398 μSv/h(マウントアダプターの距離)
【後玉+15cm】0.245 μSv/h
【後玉+30cm】0.055 μSv/h
【後玉+50cm】0.017 μSv/h
【後玉+100cm】0.000 μSv/h

これを見ると、後玉から50cm以上離れれば放射線量はほぼ0となる(自然放射線だけになる)ので、日常の保管時にアトムレンズからの放射線を気にする必要はないでしょう。もし、機材置き場が寝床に近くて気になるというなら、放射線量の多い面が人に向かないようにするか、ガラス付近に遮蔽物として数cmの鉛板でも置いておけば大丈夫です。

これを何個か組み合わせるとか?



もうひとつ、アトムレンズの放射線量を測ってみましたが、PRAKTICARと似たような数値が出たのでこまかな被ばく線量の計算は省略します。

RE GN TOPCOR M 50mm F1.4
【前玉密着】1.051 μSv/h
【鏡胴側面密着】1.513 μSv/h
【後玉密着】7.289 μSv/h

このGN TOPCOR、特殊なカムによってレンズの上下動を実現しているせいか、内部の金属が分厚く、それがPRAKTICARの鏡胴密着時の数値との差になっているようです。

GN TOPCOR+マウントアダプター(EXAKTA-NEX)
【最後部密着】2.382 μSv/h

GN TOPCOR+マウントアダプター(EXAKTA-NEX)+α7II
【カメラ背面密着】0.690 μSv/h

GN TOPCOR+フィルムカメラ
【カメラ背面密着】1.235 μSv/h

フィルムカメラは撮像素子や背面モニターがないためか、放射線量がミラーレスカメラの1.8倍近くと、遮蔽効果が弱くなっています。となると、気になるのがファインダーをのぞいたときの被ばく線量ですが、冷静に考えると、枚数に限りがあるフィルムカメラでそんなに長時間分の撮影ができるわけがなく(相対的に、デジタルカメラはやたらシャッター回数が増える)、だからこそ、昔はアトムレンズがふつうに売られていたのでしょう。



*****

とりあえず、計算式についてはさまざまな異論があると思いますが、今回、出てきた数値をもとにした結論としては……

  • アトムレンズを1年間に毎週1日、6時間使うと、国が定める追加放射線量1000 μSv(1 mSv)の半分から7割に到達するので、それを目安に撮影日数と時間を増減させて調整する
  • 三脚を使うと被ばく線量は手持ち撮影の6割~4割に減るので、さほど放射線を意識する必要はない
  • 保管時はレンズを立てて置き、人体から50cm程度離せば問題なし

と、なります。極端な話、医者がCTスキャンを必要と判断すれば、一回で数mSvの放射線量を浴びるわけですから、あんまりアトムレンズにびくびくしても意味がないと思います。そうかといって、わたしたちが日常で受ける年間の自然放射線量は平均2100 μSv(2.1 mSv)らしいので、写真撮影に必ずしも必要でないアトムレンズによってそれを1000 μSv(1 mSv)も増やしてしまうのは、あまり良いことには思えません。

何事も、バランスを考えてほどほどに、ですね。


【参考資料】

 自然・人工放射線からの被ばく線量 - 環境省
放射線とか放射能ってなに?

~放射線の減衰と遮蔽について~

放射線Q&A


【補足】