CONTAXは高級MFカメラとしてデジタル時代の入り口まで生き永らえましたが、それでもしだいに現役当時の記憶は失われていき、現在ではミラーレス世代の新しい人たちがCONTAXの交換レンズ群を“オールドレンズ”として愛でているようです。

その際立った名声は連綿と語り継がれていくでしょうが、しかし、かつてのCONTAXがどれほど高級品であったかという肌感覚は意外と伝わりづらいものです。

そんな雰囲気を知るための手がかりは単純な数字、すなわちメーカー希望小売価格であり、今回はこれを日本カメラショーのカメラ総合カタログにもとづいて他の国産レンズなどといっせいに比較してみます。


【1976年】
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CONTAX RTSシステムが発売したのは1975年の暮れなので、ここで取り上げたCONTAXの価格は初期のものとなります。1970年代まで遡ると、現在では聞きなれないメーカーもカメラ/レンズ市場に参加しているようで、CANON、NIKON、PENTAX、MINOLTA、OLYMPUSという主要メーカーに加え、PETRI、MIRANDA、SOLIGOR、KOMURANONなどのマイナーな名前も出ています。興味深いのは、特殊な魚眼レンズを各社がこぞってラインナップしていることで、見たままが撮れる一眼レフシステムのおもしろさを伝える交換レンズとして注目度が高かったのかもしれません。

なお、この価格対比グラフは日本カメラショーのカタログに掲載されているレンズの中から、CONTAXと似たスペックのものだけを取り上げているので、この時期に市場に流通しているすべてのレンズを網羅しているわけではありません。



【1985年】
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1985年というのはMMJが導入された年で、AEGはこの時のカメラショーからやや遅れてMMGに更新されていくようです。併売されているAEJとAEGは時代の流れとともに値上げがされていて、実際にCONTAXの歴史を追ってみるとちょこちょこと希望小売価格の変更があるようです(とはいえ、消費者にとってより重要なのは店頭での実売価格なわけですが)。1976年のカタログには掲載されていたマイナーメーカーの名前は消え、LEICA RとRolleiが加わっています。

面白いところでは、200mm F4という今ではあまりピンとこないスペックのレンズが、各社ずらっと並んでいます。げに恐ろしきはS-Planar 100mm F4で、これはヘリコイドがなくベローズも商品に含まれていないのに、15万円近くの価格を誇っています。S-Planar 100mm F4はアオリに対応する広いイメージサークルを持つ分、本当に特別なレンズだったのでしょう。他に注目するべきはPlanar 50mm F1.7で、これはのちに価格が下げられてCONTAX最安値となるのですが、この時期の価格は他社の50mm F1.4並みであり、Planar 50mm F1.7の性能が良いのは当たり前だったのかもしれません。


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“価格”というテーマにもとづいて、グラフの内容をまとめます。

  • CONTAXのメーカー希望小売価格を超える国産レンズはひとつとしてない(※あくまで、当記事で使用した日本カメラショーのカタログ掲載品に限る)
  • CONTAXと国産レンズとの価格差はおおまかにAEGが2倍程度、AEJはそれよりも差が縮まる
  • 国産レンズでも、開放F値がより明るいものなどはCONTAXに肉薄する価格もある
  • Rolleiは輸入品だからか、同じZeissレンズであってもより高い
  • LEICA Rの値付けは狂気

このような事実から受ける印象は、たしかにCONTAXレンズは高級品でしたが、それらはブランディング重視の強引な値付けではなく、比較的、現実的な視点があったのではないか?ということです。そう考える理由は、CONTAXと国産レンズの価格差には増減があり、LEICA Rほど一定して飛び抜けたものではないからです。特に国内メーカーが性能を狙った製品ではその差はぐっと縮まっています。

このグラフからはっきりと読み取れるのは、当時のCarl Zeissが世界を席巻する日本のカメラに負けずに生き残るためには、ただ高価で高性能なレンズを並べているだけではだめだと考えていたことでしょう。おそらくはContarexの失敗から学んだCarl Zeissは、自分たちの優秀な写真レンズを再び世に広めるには一般層の手に届く入り口となるレンズが必要であるとし、そのために用意したのが日本製のAEタイプだったのではないかと思われます。したがって、CONTAXのAEJ/MMJは国産レンズと並ぶような価格帯に位置し、カメラ本体さえなんとかして手に入れれば広角から望遠までさほど無理せずシステムを組みことができる値付けとなっているのです。

このことは、あらためて力説するまでもなく、旧ドイツ勢が安価で性能のよい日本製品に対抗するために計画したコストダウンの一策ですが、このようなグラフで全体像を見渡すと、AEJ/MMJ/AEGと国産レンズとの比較において、なるほどと実感できます。

補足として、レンズの価格というものは他社の性能を調べたうえで、同じ価格帯ならそれよりも性能が悪くならないように、逆に性能を上げ過ぎて不必要に高価にならないよう調整されるそうです。つまり、メーカーが他社の製品を買い集めて性能を確認するのは、市場の中で自社製品の位置づけを決定するための意味合いもあるということです。このように、コストと性能の関係性は、古いレンズを語る際には必ず考慮しなければいけない問題です。


さて、ここからは独自見解となるのですが、Planar 50mm F1.4 AEJは発売から20年近くが経過してもまだ他社が追い抜くことができなかった優れた性能バランスを持っています。しかし、このレンズは光学ファインダーでマイクロコントラストの見えの違いが指摘されており(計測的な実写で確認しましたが事実です)、今風に言うなら、それは個体差による性能低下を左右する偏心敏感度の高さが原因であったと推測されます。言い換えれば、Planar 50mm F1.4はContarexの最高級レンズを受け継ぐ新時代の50mm F1.4として、当時の設計技術では無理をし過ぎたレンズだったのかもしれません。

そう思う根拠は、Planar 50mm F1.4と他の国産レンズとの価格差の少なさで、たしかにこのレンズは一番高価なのですが、その価格差の中には鏡胴その他の品質も含まれており、F1.4の明るさかつ球面収差の完全補正型で性能を狙うという理想を追い求めたPlanar 50mm F1.4は、本来的にはもっと価格を上げて偏心敏感度に余裕を与えるべきだったのかもしれません。なにせ、マニアに特別扱いされる初期型(の黒刻印)にさえ、ばらつきがありましたから。

※Planar 50mm F1.4が優れているのは、あくまで“バランスの良さ”ということに注意してください。特定の項目だけに着目すれば、国産レンズでPlanarより優れているものは普通にあります。

このグラフをながめていて、まず最初に思ったのは「国産レンズに対し、この程度の価格差しかないのなら、Planar 50mm F1.4のばらつきが指摘されたとしてもしかたがないな」ということです。しかし、それだったら、個体差の話を特に聞かないPlanar 50mm F1.7はどうなのよ?という声がありそうですが、それに対しては、半絞り暗いし、色収差は大きめだからごにょごにょごにょ……とごまかしてこの話を終わりたいと思います。