めずらしくレンズ評価の追試です。

というのも、このGN TOPCOR、ただ優秀な50mm F1.4の過剰補正型というだけでなく、謎の収差フレア(ハロ、光のにじみ)が存在するからです。それを教えてくれたのは(た)先生。


(・∀・) < GN TOPCORって、当時のニューフェース診断室で評判悪かったみたいです。なんでも、夜景を撮ったらものすごくフレアっぽくなったとか。

(;;゚ё゚;;) < え? あのぼやっとした感じ、個体差の偏心コマじゃなかったんすか??

【登場人物注記】
(た)先生:カメラ界でとにかく徹底的に事実を追求する人で、インド、エジプト、ペルーなど世界各国の特許情報を読み解き、専門書物を壁のように積み上げる魔窟に住んでいる。その書棚におさめられた本の角を傾けると秘密の地下室に入れるらしいが、いったいそこにはなにがあるのか……。(※この説明には多分にウソが混じっているかもしれません)

機能の黒板みたび


と、さらっと省略されても当事者以外はよくわからないと思うので、あらためて事実関係を整理しておきます。

  • このシリーズ記事でGN TOPCORを徹底比較したが、あまり個性は見えず、まとまりの良い球面収差の過剰補正型という評価。
  • ピント面はハロでやや見難く、強い光ではかなり解像線がにじむが、これを過剰補正型の特徴+偏心によるコマフレアの増大と結論づけた。
  • しかし、アサヒカメラのニューフェース診断室によると、このフレアっぽさはGN TOPCORがもつ本来の性質らしく、夜景でハロを確認すると他に類を見ないほどだったとか。
  • ここで疑問なのは、測定された球面収差は+0.1mm少々の過剰補正で、本来はこれほどのハロを発生させるものではないということ。

このように、GN TOPCORはのちの1980~90年代の標準レンズに通じる完成度の高さがありながら、不可解な光のにじみが多く、当時の専門家も首をかしげるほどだったということです。

それを個体差と解釈した自分はどうにもテストをやりきれなかったモヤモヤ感が消えず、もしつぎにGN TOPCORの良い個体に出会えたならば、もう一段、深くこのレンズの描写を探ってみたい……と、こころの片隅で念じていたのですが、意外にも早くその機会はやってきたのです。

いざ! RE GN TOPCOR M 50mm F1.4のフレアっぽさの謎を解き明かす再撮影を!!


……と、その前に、なぜGN TOPCORはRE.Auto-Topcorとは逆方向のピントリングになったのかがようやくわかったので説明します。

GN TOPCORの売りであるフラッシュマチック機能というのは、絞りリングとピントリングを連結させて、寄るほどに閉じていく絞りによってストロボ光の露出オーバーを防ぐものです。ということは、必然的にピントリングの向きは∞→最短となってF1.4→F16という絞り込みの向きに従うかたちになり、もし、これが従来どおりの最短←∞というピントリングだとすると、近距離側で絞りが開いてしまう大間違いになってしまいます。

当時のメーカーは、操作性の統一よりも話題となる機能が欲しかったんでしょうかね。純正レンズのピントリングが突然、逆になるなんて、システムカメラの利便性を放棄しているようなものですが……。


GN20にセットした両リングの動き。10m付近でF1.4となり、1.4m付近でF16となります。撮影はこの範囲内となりますが、GNの数値(ストロボの発光量)によって、この連結位置は左右にずれます。
1352313524




*****

最初の画像がRE GN TOPCOR M 50mm F1.4、後の画像がFD 50mm F1.4 S.S.C.(II)ですべて共通。

注記なければ絞り開放 絞り優先AEで設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル

アトムレンズであるGN TOPCORは入念な黄変除去をしていないので、やや黄色味が強い状態です。


まずは普通の写り。光がやわらかければ、GN TOPCORはごく一般的な過剰補正型の写りです。
13472


13473


撮影は晴天下なので、手前のカゴに強い光が当たっています。この光のにじみが強過ぎるのがGN TOPCORの分からないところです。
13474


13475


太陽は木の幹に隠していますが、完全逆光です。まるでピンボケのような描写ですが、きちんと細い線は出ています。
13480


FDはS.S.C.(II)になって初代とは違う抜けの良さを見せます。
13481


13466


13467


絞りF2.8
13476


13477


中央も端も硬い二線ボケ。光のにじみに強く関与するのは球面収差の過剰補正量なので、二線ボケの強さというのはとても重要です。
13470


13471


13460


13461


絞りF2.8
絞ればかっちりと写ります。これはもともとの収差補正が優秀だからで、四隅の周辺光量はFDよりも豊富です。
13464


13465


フレアっぽいからといって、すべての場面でそうならないのがGN TOPCORの謎。
13468


逆光の影響がある中央の鉢では、FDのほうがややスッキリ写っています。
13469


過剰補正型は順光の強い光線ではこのように写るのが正常ですが、GN TOPCORはアサヒカメラで計測された球面収差量に対してにじみ過ぎです。
13462


逆に完全補正並みのFD S.S.C.(II)。
13463


丸ボケを確認した画像を見ればわかるとおり、GN TOPCORとFDには明確な画質差があり、むしろ逆光でも開放画質の締まっているFDの良さが際立っています。ただし、フレアっぽさ以外の解像性能はGN TOPCORもさほど変わらず、その光のにじみは旧世代のレンズのような設計の悪さからくるものではない不思議な側面をあわせ持っています。




最初の画像がRE GN TOPCOR M 50mm F1.4、後の画像がRollei Planar 50mm F1.4 HFT(前期型)ですべて共通。


13494


Rollei Planarは+0.2mmの過剰補正型で、これぐらいの球面収差量になると、細部のにじみはかなりGN TOPCORと似てきます。
13495


ところが、強い逆光ではGN TOPCORのほうが大きくにじみます。なぜ?
13490


13491


13488


13489


13492


13493


Rollei Planarのほうが画角が広い(=被写体が小さく写るのでボケが硬くなる)のに、あきらかにGN TOPCORのほうが二線ボケが強いです。
13482


13483


13484


13485


Rollei PlanarはCONTAX Planarとほぼ同等の優れた設計ながら、球面収差だけはハロを発生させる過剰補正型です。さらに特徴的なのが、実効焦点距離が50.6mmと本来の50mmに近いことで、それらを加味するとRollei Planarのほうがボケが硬くなるはずなのに、あきらかにそうはなっていません。完全逆光時の光のにじみもGN TOPCORが多く、もうわけがわかりません。




最初の画像がRE GN TOPCOR M 50mm F1.4、後の画像がPRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型)ですべて共通。


13510


PRAKTICARは収差フレアの多いレンズで、ぱっと見、GN TOPCORと同等といえる写りです。
13511


背景の二線ボケはとてもよく似ています。
13506


13507


と思いきや、強い環境光ではGN TOPCORのほうが解像線がぼわっとしています。もうお手上げ。
13498


13499


13504


13505


13512


13513


13514


13515


中心から中間画角くらいまでは、GN TOPCORのほうが二線ボケが強そうです。
13500


13501


13502


13503


PRAKTICARはマルチコート時代の50mm F1.4にしては収差フレアの多いレンズで、その写りはポエミーです。レンズ設計の実情としては共産主義の東ドイツで使える硝材に縛りがあったのかもしれませんが、Zeiss Jenaという名の割に性能はいまひとつと言わざるを得ません。ところが、GN TOPCORのフレアっぽさは完全逆光でさらにその上をいくのです! これが性能の悪いレンズなら納得できる話なのですが、GN TOPCORは像面湾曲も非点収差も少ないシャープさがあるという……。



*****

せっかくなので、計測的な撮影もしてみます。

以下は、L版の写真用紙に印刷したチャートをガラス窓に張り付けた撮影画像で、必要な部分以外はグレーで塗りつぶしたものです。①は画面中央、隅へいくほどに周辺減光で暗くなるチャートを明るさ補正しています。これらのチャートにかぶるフレアを観察することが目的ですが、ピントはその都度、合わせ直して像面湾曲の影響を排除しています。

13520


① FD50mm F1.4 S.S.C.(II) RE GN TOPCOR M 50mm F1.4 PRAKTICAR 50mm F1.4 MC
(すべてF1.4開放、クリックで拡大)
13516

13517

13518

13519


ああああ……。チャートで見ると、GN TOPCORは画面中央から中間画角までPRAKTICARを超えたフレア量です。そんなバカな。

特に黒い四角形を見ればわかるのですが、GN TOPCORは④をのぞいてフレアの偏りは目立たず、それはつまり、これがコマ収差による光線の横ズレではなく、球面収差による光線の縦ズレが原因であることを意味しています。だとすると、通常は球面収差の過剰補正量が大きいレンズという解釈で済む話なのですが、アサヒカメラで計測された過剰補正量はわずか0.1mm少々です。これが、たまたまアサヒカメラがテストした個体が優れていた、または途中から描写が変わったというのなら納得できるのですが、まさにその数値が掲載された誌面上でテスターは不可解なフレアの多さを指摘しているのです。

いったい、この画質はなんなのか?


――ここでふたつの仮説が考えられます。

  1. 製造時に意図しない画質低下が紛れ込んだ。
  2. 設計者が巧みにこのフレアっぽさを仕込んだ。

【仮説1】
このRE GN TOPCOR M 50mm F1.4と似たようなフレアが指摘されていたのがミノルタのAF50mm F1.4 Newで、このレンズはCONTAXのPlanar 50mm F1.4と同じ球面収差の完全補正ながら(つまり、本来的にはくっきりした描写になる設計)、絞り開放ではかなりフレアがあり、ソフトフォーカスぎみであるという感想が述べられています。

アサヒカメラ1999年3月号
ニューフェース診断室 AF50㍉F1.4New

開放での描写は線は細いが、かなりフレアがあり、ソフトフォーカス気味の感じだ。

新レンズの点像を観測した深堀ドクターのコメント。①軸上は偏心はないが、開放時にリング状のハロがあるものの1絞り絞って消える。②半画角5度から15度付近までフレアが広がるが、2絞り絞って消える。③半画角15度付近コマ的な像の流れが生じ、2絞り絞っても消えない。点光源の実写で、画面隅に珍しい円環ボケが見られた。

以上の内容はGN TOPCORの印象と通じる部分があり、例えば、‟軸上は偏心はないが、開放時にリング状のハロがある”というコメントは、測定可能な球面収差とは別の要因でフレアが発生している事実を示していますし、‟半画角5度から15度付近までフレアが広がる”という画質の傾向も同じです。さらに、‟点光源の実写で、画面隅に珍しい円環ボケが見られた”などという特異性は、AF50mm F1.4 Newに通常の設計/製造の範囲外でなにかが起こっていることを想像させます。

GN TOPCORもこのAF50mm F1.4 Newと同じように、なんらかの特異な現象によって、点像に強いリング状のハロができてしまっているのかもしれません。

ニューフェース診断室のAF50mm F1.4 Newの解説にもとづいて、点光源の様子を確認してみます。
13522

上段: FD50mm F1.4 S.S.C.(II)
中段: RE GN TOPCOR M 50mm F1.4
下段: PRAKTICAR 50mm F1.4 MC(前期型) ※拡大可
13521

FDはとても優秀なレンズなので参考扱い、中央から端に向かって素直にコマフレアが大きくなっていくPRAKTICARに対し、GN TOPCORは均等に近い丸いフレアが中間画角まで維持されています。先のチャートテストでPRAKTICARよりもGN TOPCORのほうがややフレアっぽかったのも、コマのような光の横ズレであれば、点像の片側にはコントラストが残るからなのでしょう。(※画面中央の点光源が偏心しているように見えるのは、撮影環境の精度のなさが原因です)


【仮説2】
このGN TOPCORで興味深いのは、強い環境光でなければフレアっぽさは目立たず、解像線は画面周辺まで精緻、コントラストも十分なことです。通常、フレアの多いレンズは収差補正が劣るからそうなっているのであって、ここまで光のにじむレンズが高画質というのはとても不思議です。

ということは、もしかしたらトプコンの設計者は収差補正を限りなく突きつめたうえで、意図的に大きなハロを加えたのかもしれません。これは妄想にしかすぎませんが、例えば、RE.Auto-Topcor 58mm F1.4の抜群の評判が設計者に届いていたとして、つぎのRE GN TOPCOR M 50mm F1.4はそれを受け継ぐものにしたいと考える。古いレンズの味で確実に言えるのは球面収差とコマ収差による光のにじみだとすると、この艶やかな質感描写を不完全な収差補正でない別の手段で再現すればいいのではないか。そこでできあがったのが、トータルバランスに優れた描写性能ながら、特定条件でフレアが多くなるGN TOPCORというわけです。

ただし、その副作用としてGN TOPCORは二線ボケがかなり強くなっているので、Bokehにうるさい日本人向けの設計としては解せない部分があります。



これら【仮説1】【仮説2】のどちらが真実に近いかというと、両方が混ざっていると考えた方が無難なのかもしれません。つまり、これだけ特徴的な画質がメーカーの思惑外というのも考えにくいですし、そうはいっても少しフレア量が多過ぎるので、結局のところ、メーカーはうまい具合に画質低下を防ぎながらソフトフォーカス効果をまぎれこませたつもりだったが、そのさじ加減を完璧にコントロールすることはできなかった、というのがこの結果ではないかと思います。

こうやって複数のレンズと比較してみると、GN TOPCORは1970年代の最新設計のシャープさとコントラストの高さに、クラシカルな光のにじみが撮影状況によって盛大にあふれ出すという相反する要素を持っており、なかなかのくせ者だったと再評価したいと思います。

もし、この描写が設計者の狙い通りとするならば、おそらく、絞り開放では逆光時の強いにじみを詩的に使ってほしかったのでは?