これはメーカーに喧嘩を売る形になってしまうのかもしれませんが、しかたありません。いち消費者として、明かな欠点を抱えたこの商品についてきちんと情報を周知せずに売り続けている現状が歯がゆいからです。

X-Rite
ColorMunki Smile

ディスプレイの色が気になる写真、イラストやゲームが趣味の方、ディスプレイのキャリブレーションを簡単に行いたい方にお勧めの初心者モデル。D65固定で、メニュー設定不要なシンプルモデル。

ColorMunki Smileは消費者にとってリスクの高いものであり、すべてを理解してこれを選ぶことは止めませんが、記事執筆時の現状ではメーカー自身も十分な注意喚起をしていません。したがって、それに言及するのが今回の記事です。


X-Riteのモニターキャリブレーションツールは写真業界のスタンダードで各種ありますが、その最廉価に当たるのがColorMunki Smileとなります。さすがにそんなにたくさん売れるものではないので、基本的なラインナップはもうだいぶ前から変わっていません。ざっくり説明してみましょう。


ColorMunki Smile  [フィルター方式]
初級機で色温度はD65固定、必要最低限の機能。
※生産終了したので、逆に値段が上がっています。


i1Display Studio [光学フィルター方式]
中級機で色温度はD50/D55/D65/D75/ビデオ用途から選択可能、初級機より経年劣化に強い仕組みとなっている。この下のグレードのColorMunki Smileが生産終了したので、現在は初級機の位置づけ。


i1Display Pro [光学フィルター方式]
中/上級機で色温度/ビデオ用途/その他設定を詳細に設定可能、アマチュア/写真家向けのスタンダードだが、プリンターの色合わせは不可。モニター用途としてはより高価なi1Studioよりも豊富な機能を持つ。


i1Studio [スペクトル方式]
上級機で色温度はD50/D55/D65/D75/ビデオ用途から選択可能、プリンター及びスキャナーの色合わせにも対応。



モニターキャリブレーションツールという商品は、測色器とそれを制御するソフトウェアの性能で成り立っているので、X-Riteは以前よりソフトウェアに機能制限を付けることで商品のグレード分けをしていました。しかし、これは考えようによっては、こまかな設定を必要としないビギナーが高い機種と同じ測色器を安価に入手できるメリットがあるともいえ、特にi1Display Proと同じ測色器を使っているi1Display Studioはお買い得ともいえます。問題はもっと根本的な話。


測色器、すなわち校正機器は普段、我々が使う機材の精度を正し、作業の質や効率を上げるためのものです。言い換えれば、機材のために使う機材として高い精度が要求されるのが校正機器であり、本来、そういった機器は業務用途として非常に高価なものとなります。そこで、一般アマチュア用として、校正機器の価格と性能をどこまで妥協できるかというのがメーカーの課題であり、その結果、X-Riteの最廉価であるColorMunki Smileはカラーフィルターの耐久性という部分に大きな無理を抱えることとなったのです。

これは、旧製品のi1Display 2でもひっそりと話題になっていたことですが、その測色器と同型であるColorMunki Smileは高温多湿にかなり弱いです。特に、近年の猛暑になんの対策もしないような保管方法はColorMunki Smileの精度を著しく劣化させることでしょう。

これについては、実際にColorMunki Smileを使った上での話ではなく、その旧型のi1Display LTで体験した事実です。その時点ではこういった情報は出回っていず、測色器を安く買えたと喜んでいた自分は、およそ一年半で真っ赤となるキャリブレーション結果を目の当たりにしたのでした。

この耐久性のなさが端的に表れたAMAZONレビューが以下であり、その内容を気の毒に思った自分が一度、きちんと注意喚起しておこうと書き始めたのがこの記事です。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3E68DN1IAFDMS/ref=cm_cr_arp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=B00C2GSFO8

イラストを描いて印刷する者です。

いままで目で見てキャリブレーションしていましたが、2枚のモニターを使ってるとどちらが正しい色か分からなくなる。
そこで客観的に校正しようと思い、ColorMunki Smileを買った。

しかしまずソフトのインストールに問題があって、Windowsをテストモードにしないとインストールできない。
要するにウイルスを入れられるようにセキュリティを下げる必要がある。「仕様」とのこと。

それもどうかと思うが、製品として完全に無駄だった。
校正するとディスプレイがどう見ても赤い。


「これが本当の色なのだ」と不満ながら自分を納得させて使ってみたが、やっぱり赤い。
当然これでは思ったとおりの色を選べるはずもなく、結局また目視でキャリブレーションしなおすことに。


どうせ選ぶならsmileじゃなくて上位のを選んだほうがいいです。
1万円をドブに捨てるかバクチする気がある人は別ですが。


以上の下線強調部分、なぜこうなってしまったのかはあくまで推測になりますが、ColorMunki Smileの商品としての精度が低いのではなく、不適切な倉庫環境または長期在庫により販売前に劣化が進んでしまった個体であると考えられます。


ここで問題はふたつ。
  • X-Riteは安価なフィルター方式の測色器を販売する上で、事前にその耐久性および取り扱い方法を説明していない
  • それにより、消費者はどのモデルを選ぶか?という際に適切な判断ができず、在庫期間中に劣化した個体に当たった場合、安かろう悪かろうで納得してしまう可能性がある

この問題のやっかいな本質は、ユーザーは測色器を信じるしかないので、測色器自体の狂いをはっきりと指摘できないということです。上記のレビューも、もっとはっきりとカラーバランスが崩れていれば即返品になったでしょうが、なんとも言いがたい違和感程度では、それを安価な製品の低品質として納得してしまうのも無理はありません。

この耐久性に難ありのフィルター方式を改善したのがi1Display Studioとi1Display Proの光学フィルター方式であり(※コーティングで特定波長を選択するダイクロイックフィルターとのこと)、さらにグレードの高い分光測色器となったi1Studioでは使用開始前に毎回、セルフキャリブレーションを行うようになっています。このように選択肢は多数あるのだから、メーカーはこのいいいかげんな販売状況を早急になんとかすべきだと思います。


付け加えるならば、商品購入後の保管方法について、パッケージ内に誰でも気が付くような注意書きでも入っていればいいのですが、自分自身は最近の製品を買っていないので、その辺りのフォローは不明です。以前、X-RiteはWEBサイトのQ&Aでこのように明記していましたが、今ではそのリンクも消えています。

X-Rite よくある質問と回答
http://www.xrite.co.jp/36-faq%EF%BC%88%E3%82%88%E3%81%8F%E3%81%82%E3%82%8B%E8%B3%AA%E5%95%8F%E3%81%A8%E5%9B%9E%E7%AD%94%EF%BC%89.html

i1(Eye-One)の測定器はどの様に保管すればよいのでしょうか。
高い温度、湿度や紫外線の影響を避けるため、カメラ・レンズ・フィルムなどと同様に、直射日光を避け、25℃以下の冷暗所、湿度 40〜50%程度の環境で保管してください。


メーカーの立場から考えれば、安価な校正機器などあるはずがなく、最廉価の製品が耐久性とひきかえにその安さを実現しているのは至極真っ当な話かもしれません。しかし、デリケートな校正機器だからこそ、正しい情報を周知し、消費者を騙して売るようなことは控えてほしいものです。ColorMunki Smileも耐久性に難があることを知れば、ひとつ上の製品を買う人もいるかもしれません。それはメーカーの益では?

逆に、ColorMunki Smileが適正な保存環境で他の機種と変わらない耐久性があるというのなら、それこそきちんと宣伝すべきだと思います。



【おまけ】
一般的にColorMunki Smileを購入検討している方は、写真にそれほどお金をかけたくない事情があるはずで、その選択肢にはDatacolorのSpyder5 EXPRESSも入るかもしれません。このSpyder5、安価な初級機から上級機まで測色器がすべて同じ形をしているので単なるソフトウェアの差別化だと思われますが、具体的な耐久性はどうなっているのでしょうか?

Spyder5 PRO  [フィルター方式]
中級機で色温度はD50/D58/D65


個人的に、Datacolorの測色器は一度も使ったことがないので、あくまでWEBからの情報となりますが、Spyderシリーズは旧機種のSpyder4からフィルター式の耐久性を改善するために二重のシールド構造となっているようで、おそらくフィルターが直接、外気に触れないようになっているのだと思います。その意味では、安価な製品ながらそれなりの配慮があると言えるのですが、本質的な素材の弱さが変わっていないことには注意が必要です。

そんなわけで、AMAZON価格を眺めたかぎりでは、初級機ではColorMunki Smileと同じフィルター方式でも一応の劣化対策があるSpyder5 EXPRESS、中級機ではそれらとは格の違う光学フィルター方式のi1Display Studio、さらにこだわりのある方は同光学フィルター方式のi1Display Proという選択肢になるかと思います。


※記事作成後にSpyderの新型が発表されました。
SpyderX PRO  [※内部仕様については不明ですが、2023年現在でも特にクレームは聞こえてこないので、フィルター方式の極端な弱さはないようです]


というわけで、皆さん、ほんっとキャリブレーターはよく考えて買ってくださいね。この記事はその昔、4万円弱のi1Display 2を買ってあっけなくフィルターが駄目になった人々の怨念が書かせたものなので。( ; ω ; )



【おまけ その2】
i1Display Proにはi1Display Pro Plusという微妙なバージョン違いがありますが、これは近年、登場した動画のHDR規格に対応したものです。(※HDR規格: これまでにない高輝度なモニターを基準としたプロファイル運用をし、ダイナミックでより深みのある映像表現を目指したもの)

i1Display Pro Plusi1Display Proの全機能を含むらしいので、数千円の違いならPro Plusを買った方がお得に思えますが、そもそも写真界に動画のHDR規格に追従する動きがなく、HDR規格自体も先行きがまだ不安なので、どちらを選ぶかはなかなかに難しいところです。なぜ、写真界が動画のHDR規格を求めないのか?というのは、写真は紙で表現するという歴史的な意味付けがあり、紙の明暗比がもともと低いからです。



【おまけ その3】
フリーソフトの扱いに慣れている方は、以下のソフトウェアを使えば下位機種の機能不足を補うことができるかもしれません。前述したように、キャリブレーターは測色器+ソフトウェアで成り立っているので、後者を高機能なフリーソフトに置き換えるということです。

DisplayCAL
Display Calibration and Characterization powered by ArgyllCMS
https://displaycal.net/


【おまけ その4 重要な追記】
X-Rite社の写真・映像向け製品の販売は、2021年7月の発表によってCalibrite社に移管され旧製品は出荷停止、2021年12月に新しい日本代理店での販売が開始されました。注意点としては、旧製品は年内まではX-Rite社がサポートを継続、その後は新しい代理店がサポートを引き継ぎますが、並行輸入品はサポートの対象外と明言していることです。

ビデオジェット・エックスライト株式会社
「写真・映像関連製品の販売移行のお知らせ」

エックスライト装置「X-Rite i1Display(アイワン・ディスプレイ)」や「i1Studio(アイワン・スタジオ)」、またColorCheckerターゲットは今後「Calibrite ColorChecker」の製品名で再ブランド化されます。

株式会社ヴィンチェロがエックスライト「ColorChecker」シリーズの販売総代理店に

株式会社ヴィンチェロは11月25日、キャリブライト社(米国)の日本総代理店として同社のカラーマネジメント製品「ColorChecker」シリーズの取り扱いを開始した。

なお、旧エックスライト製品のサポート業務については、2021年末まではエックスライト社が行うが、2022年以降はヴィンチェロがサポート業務を引き継ぐという。OEMおよび並行輸入品はサポートの対象外となる。

ColorCheckerシリーズ取扱店は以下のとおり(2021年11月現在。順不同)
・銀一株式会社
・プロスペック株式会社
・株式会社フジヤカメラ店
・株式会社ナニワ商会
・株式会社ティ・ピー・シー
・株式会社テイク
・株式会社ライトアップ
・有限会社タスク
・株式会社ナショナル・フォート

自分の知るかぎり、X-Rite社の日本の窓口は並行輸入品に対して一年保証の対応はしないが、修理は受け付けていたはずなので、今後はかなり厳しい措置となり、AMAZONなどで他の業者から購入するのは避けたほうがいいようです。

ただし、キャリブレーターはセンサー部の経年劣化はあっても故障はほとんど聞いたことがなく、不安要素はUSBケーブルの接続部だけなので、初期不良対応(返品)が可能な国内発送の業者であれば並行輸入品という選択もなくはないです。