その日、郵便物を受け取ったあほコンタックスまにあは中身の本を開いて衝撃にうち震えました。

はわわわわ……Distagon 35mm F1.4、Makro-Planar 60mm F2.8、Makro-Planar 100mm F2.8の収差図、解像力数値が載っているではないか!! ジョ――


この最後にくっついている擬音の意味については皆様にご想像頂くとして(自主規制)、あたしゃーひっくりかえりましたよ、これ。どうせ、いつものアサヒカメラで内容があるんだかないんだかよくわからない真面目一辺倒の記事に見所のない作例でも並んでいるのだろうと期待値ゼロで取り寄せたものなんですが、そこには予想外のお宝記事が載っていたのです。

あ……アサヒカメラ編集部さん……なんで、この収差図をニューフェース診断室の別冊「コンタックスの軌跡」に追加しなかったのさ………。


アサヒカメラ 1992年 2月 特大号
[特集] コンタックスレンズ研究
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なにはともあれ、この特集記事には驚きました。実際にはたいした分量ではないのですが、少ない解説とともに掲載されている収差図は測定だけされてアサヒカメラ本誌には登場していないレンズ、あるいは検査協会と機械技術研究所から借用したデータをもちいたものなのです。さらには、この記事のために用意された(?)コントラスト測定値も。

だから! そんな貴重なものをなんで別冊に入れてくれないの!
「ライカの20世紀」はちゃんと多数のレンズを網羅していたのに!


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勢いのあまり同じ文言を繰り返してしまいましたが、まあ、なんとなくあちらさんの事情はわかります。ライカは古いレンズが今も愛されていてるし(常用可能だし)、レンジファインダーという希少種だから主流の一眼レフとは違う価値がある、そんな特別さを考慮してあれだけの数値データを網羅したのでしょう。一方のコンタックスは、設計は普通に近代的だし、世の注目はズームレンズに集まっていた時代とあれば、ああいう構成になってしまうのも仕方ないのかもしれません。それにしても、マクロレンズが1本も載っていない「コンタックスの軌跡」の手落ち感とはいかに。

充実のライカ版に対し、やや食い足りないコンタックス版。ただし、CONTAX GレンズはHologon 15mmを除いてすべて網羅されています。


冒頭からものすごい勢いでまくし立てているので、いちおう冷静に詳しい内容をお伝えすると、数値データが掲載されているレンズは以下のようになります。

Planar 50mm F1.4 ※別冊と重複
Planar 50mm F1.7 ※別冊と重複
Distagon 35mm F2.8 ※別冊と重複
Distagon 35mm F1.4 
Distagon 28mm F2 ※評価コメントのみ
Distagon 28mm F2.8 ※評価コメントのみ
Makro-Planar 60mm F2.8
Planar 85mm F1.2 ※評価コメントのみ
Planar 85mm F1.4 ※別冊と重複
Sonnar 85mm F2.8
Planar 100mm F2 ※評価コメントのみ、別冊と重複
Sonnar 100mm F3.5
Makro-Planar 100mm F2.8
Sonnar 180mm F2.8

この中にはアサヒカメラ本誌に掲載されて「コンタックスの軌跡」でまとめられているもの、アサヒカメラ本誌に掲載されたが「コンタックスの軌跡」では省かれたもの、他の誌面では公開されていないと思われるものが入り混じり、特に記念レンズのPlanar 85mm F1.2は多方面に配慮したのかデータは見せてくれず、専門家のコメントだけです。しかしながら、欠けの多い「コンタックスの軌跡」に、これだけのレンズを補完することができれば個人的には大満足です。


ところで、レンズの数値評価にまったく興味のない人からは「そんなの知ってなんの役にたつの?」と怪訝な顔をされそうですが(※昔の自分がそうでした)、数値データがあればそのレンズの設計思想が垣間見れるのです。実際、グラフをながめても、ふーんと数秒で終わってしまうようなものですが、普段、撮影しているレンズ描写を思い浮かべて腑に落ちるものがある! なるほど、こういうことだったのか!(な?)

というわけで、石の上にも三年といいますか、かつては実写主義だった自分も呪文のような専門用語とつき合っているうちになんとなく理解が進んできて、とうとう収差図が好物になってしまいましたとさ。しかし、やっぱり専門家ではないので光学設計についての知識が浅く、数秒で本を閉じてしまうのですが。

つけ加えるなら、アサヒカメラに登場するえらい先生はこう申しております。

アサヒカメラ 1993年 10月号
「ニューフェース診断室キヤノンEF50ミリF1.4USM」

無味乾燥な数字とグラフだけのように見えるが、この収差図にレンズ設計者の誇りが込められていて、ここから実写テストの結果がほとんど予測できる。


んで、わずか数ページの内容に狂気乱舞したあほコンタックスまにあですが、その前記事である「レンズの歩み」もとてもよかったです。

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これは今に通じるTessar、Sonnar、Planar、Distagonの成り立ちを東北大学名誉教授の吉田正太郎氏が解説した歴史話で、あちこちで見かける判で押したような内容とは一風変わっていて自分には非常に読み応えのあるものでした。なんでこの記事はこんなに独自性があるのだろう?と思ってよく確認してみると、筆者の吉田氏は大昔に非球面レンズを手磨きで作成したパイオニアであり、第二次大戦前後を現役で過ごされた権威だったのです。ヤシカコンタックスのSonnarを「拡張テッサー型5枚構成レンズ」と記した解説なんて、初めて目にしました。


そんなわけで、昔のアサヒカメラは今と違ってミーハーな側面はほとんどなくて(写真論に埋め尽くされている!)、そっと本棚に戻してしまうことが多いのですが、この特集記事は現在の自分には大当たりでした。しいていうなら、特集から漏れているDistagon 18mm F4の設計方針が気になりますが、あれは癖のある階調描写が魅力なので数値とは別の部分だし、Planar 135mm F2は実用性の低いレンズでまあいいかな、という感じです。

まとめると、

レンズの数値評価を毛嫌いしていないコンタックスファンは、この号を見つけたら即入手すべし!(必要なのはたった数ページだけど)