初期型が良いらしいという噂のS-Planar 60mm F2.8 黒マウント。
さて、その感触は……。


カメラは旧機種のEOS 5D
S-Planar 60mm F2.8 AEG 注記ないものは絞り開放
Photoshop Camera RAWの現像設定はスタンダードから微調整のみ


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引きぎみのボケを確認。
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絞りF5.6
おだやかな発色ながらコントラストが良いので、独特の立体表現になります。
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絞りF5.6
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ボケは文句なく綺麗です。印象派ともいうべき50mm F1.4などと違って、単純に優秀な収差補正でどんな距離でも角の立たないボケ。
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CONTAXのマクロ系Planarがもつ階調の厚みとやわらかみ。
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絞りF5.6
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絞りF5.6
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直線がまっすぐ写るので建物描写は得意です。
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絞りF8
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S-Planar 60mmの初期型は描写が違うのか? ……確かに違いました。といっても、撮り比べをしていないので、その印象がどこまで正しいのかはわかりませんが、以前の記事と同じようにEOS 5Dを引っ張り出して確認したので、単なる思いこみではないと思います。

具体的には、マクロレンズ特有のくっきりしたシャープネスとやわらかなボケ味を基本としながらも、古めかしいおっとりした色とコントラストを持つAEG黒マウントの描写から、若干コントラストが上がって被写体のまるみが強くなっています。これにより画面全体の主張が強くなっているので、通常のAEG黒マウントよりも被写体が立体的にツヤツヤ写り、その分、うるさいというほどではないですがボケの存在感も増しています。


すこし誇張して書きましたが、仮にこの感想が正しいとするなら、S-Planar 60mm F2.8の描写の変化に納得のいく説明ができるのです。つまり、初期ロットで良い硝材を使いZEISSの考える理想的なコントラスト性能が得られたS-Planar 60mmはやや採算とのバランスが悪く、それ以降の通常ロットでコストダウンをおこなった結果、描写が若干変わってしまう。それが不本意であったZEISSは、CONTAXレンズを強固な銀マウントへ変更するタイミングでコストとのバランスが取れた新しい硝材を使い、コントラスト性能を取り戻すとともに発色性能を従来のものより引き上げた改良版とした、ということです。

【S-Planar 60mm F2.8のマイナーチェンジの流れ】
黒マウントAEG(初期型、三重式反射防止筒あり)
    ↓
黒マウントAEG(三重式反射防止筒の省略)
    ↓
銀マウントAEG(最後期型、アルミからステンレスにマウント強化)
    ↓
銀マウントAEJ(日本生産に移行、Makro-Planarに名称変更、AEタイプなのは変わらず)
    ↓
銀マウントMMJ C(小型の1/2倍仕様をラインナップに追加、唯一のMMタイプ)

平たく言うなら、初期ロットからコントラストが落ちた通常ロットの描写を元に戻し、ついでに発色性能が上がったのが銀マウントといえるでしょう。S-Planar 60mm F2.8が他のCONTAXレンズと違い、ドイツ生産時代に早めの描写変化があったのも、Zeissが初期ロットより後の黒マウントに不満があったと考えるなら筋が通ると思うのです。


で、このようなことを書くと、やはり初期型サイコー!となりそうですが、個人的にはそうは思わないのです。これは完全に好みの話になるのですが、通常ロットの黒マウント版には現代のマクロレンズにはないおだやかで優雅な印象があるのです。これが他のS-Planarよりもコントラスト性能が低いことの裏返しなら、まさにそのとおりなのですが、この描写がくっきりクリアなマクロレンズと相反した個性に見えた自分にはS-Planar 60mmの初期型も銀マウントもいまひとつに思えてしまうのです。

もちろん、どれが一番良いか?は人それぞれであり、付け加えるなら黒マウント初期型は古めかしくもツヤツヤした立体描写に優れ、銀マウントはあふれるような発色とコントラストのパワーというふうに褒めることもできます。結局のところ、同じ設計ながら、それぞれに違う味付けとなっているのがドイツ時代のS-Planar 60mm F2.8ということですね。


S-Planar 60mm初期型で、少し気になったのは逆光性能です。おそらく、どこかの時点で改善されているはずですが(遅くともMakro-Planar時代)、後玉側のレンズ内壁(コバ?)の艶消し処理がいまひとつで、ここが内面反射の原因となっています。さらに、初期型の後部には可動式の反射防止筒がありますが、指向性の強い斜めの直射光が差し込んでいる場合にこれは役に立ちません(隙間なく壁があるのだからそこで強い光が反射するのは当たり前)。おそらくは当時の考えとして、そんな無茶な撮影は精密描写を得るためのマクロレンズには論外である、ということなのかもしれません。

この初期型の三重式反射防止筒の脆弱性については、はじめて現物を目にしたことでとても納得できました。あくまで外観からの推測になりますが、この筒は直進ガイドとなる溝もなく単純に重なっているだけなので、ヘリコイドの動作時に残る微妙な横ブレによって伸縮時に余計な負荷が掛かるのでしょう。


S-Planar 60mm F2.8の写りの違い、実際に比較できればおもしろいのですが、実用面でいまひとつ自分の理想には合わないので徹底的にこだわる気が起きません。他でも書きましたが、S-Planar 60mm F2.8は等倍仕様のためレンズ構成のシンプルさに対して鏡胴が極端に重く肥大化していること、その等倍近辺の撮影が標準マクロの距離感ではとても難しいこと(つまり、野外撮影で標準マクロの画角特性ならハーフマクロ+アタッチメントで十分)などがおもな理由ですが、それらに加え、さらに描写がおもしろく画角特性が草花撮影に適しているS-Planar 100mm F4を所有しているのでどうしても優先順位が下がってしまうからです。

まあ、いろいろネガティブなことも書きましたが、S-Planar 60mm F2.8は確かにシャープでボケも理想的かつ独特の味わいがある良いレンズだと思います。直線もまっすぐに写りますしね!