ただいま熟読している本ですが……
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けっこう手強いです。

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表紙にはコーティングが色とりどりに輝いたレンズが写っていて、いかにもマニア向けに見えるのに、なぜに手強いかというと、かなり内容が真面目なんですね。中を開くと予想外に文字ばっかりのものすごい密度で、しかも記事の見出しには魅力的な文言ばかり並んでいるのです。やった! これは当たりだ! と嬉々として読み始めると、内容は思ったよりも堅い……。

例えば、冒頭に挙げた「テッサー vs キヨハラソフト」などはきちんと実測した光線追跡?でソフトレンズのボケ味を分析していますし、「非球面レンズの半世紀」などは非球面レンズが製品化されるまでの歴史的道筋が解説されるのかと思いきや、世界で初めて非球面レンズを設計、製作した日本人の半生とその時代背景を克明に語った個人的な手記です。

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初代Summicron 50mm F2とSonnar 50mm F1.5をベンチマークとし、NIKKOR-S・C 50mm F1.4やZUNOW 50mm F1.1など、1950年代のレンジファインダー用レンズを再測定して比較する内容などは収差図だけでなくMTFが含まれたりしていてなかなかに面白いのですが、いかんせん、そういうミーハー的な記事はごくわずか、全体としては記憶に失われつつある1930~50年代の写真レンズを取り巻く空気やその実態を今一度、振り返り保存しておこうという真面目な雰囲気が満ち満ちています。


細かな記事の見出しを軽く列挙してみましょう。

「黎明期の設計者たちが語るレンズ求道」
・教科書はベレークの収差論
・ゾナーをガウスに当てはめる
・実力以上に評価されたズミクロン
・チャートを投影してボケを判断
・しのぎをけずった大口径時代

「レンズ雑学辞典」
・写真レンズの理論と実際
・アナスチグマット以前の写真用レンズ
・アメリカの新種ガラス 
・はじまるかズームレンズ時代
・収差曲線
・光の回折現象
・コーティング
・「ボケ味」の解剖
・レスポンス関数
・対談・国産レンズを語る(その1、その2、その3)
・F0.519のレンズを設計して
・戦争中に日本で出来ていた「F0.7」のレンズ
・優秀な混血児 -ビオメタール型-
・レンズの気泡の影響
・前玉回転式と先鋭度
・キヤノンのコーティング
・アメリカ陸軍の超々望遠レンズ
・ドイツで再認識された「レンズの味」

などなど


これら大小の記事内容は1930~50年代のアサヒカメラ誌から抜粋され、記事執筆者が学者だけでなく、キヤノンカメラ技術部や昭和光機工業技師あるいは米経済誌「フォーチューン」だったりするのが単なる解説本とは違う興味深い部分です。当然ながら、収差などレンズを語る際に外せない基本的な部分も抑えられていますが、数式で埋め尽くすような門前払い感はなく、かといって、素人向けを越えた図式表示があるなど、読む側がすこし頑張れば理解できなくもない程度のバランスを保っています。

こういった古い記事の端々から感じるのは、写真レンズが発展途上の最中であった時代にも、さして現代と変わらない感覚はあったんだなということです。「ドイツで再認識された「レンズの味」」という記事などは、さも新しい意見に思ってしまいますが、1958年のエピソードなのです。そこで語られているのは、最近のレンズは先鋭過ぎる、戦前のものには描写に特殊な味わいである“におい”があったと。なんだか、1990年代末期にレンズ性能が極まって、優秀だけどつまらないという声が挙がりはじめたのと変わらないじゃないかと、とても不思議な気持ちになります。歴史は繰り返す、でしょうか。


まあ、そんなこんなで軽い気持ちで読み進められない内容が多いので、ずばっと簡単に感想をまとめることができないのですが、専門家がちょうどいい塩梅で解説する収差についてや、その他、こまごまとした技術論、当時、現役であった方々のレンズ開発についての生の声が集められており、意義深い本だとは思います。個人的には、ニッコールに着目したデビッド・ダンカンのエピソードや、木村伊兵衛氏のでっこまひっこまがご本人の言葉で語られていたり、はたまた空気レンズの意味、ミリ30本の解像力しかないフィルムに対しなぜレンズはミリ100本や200本の解像力を必要とするのか?など、WEBで曖昧に認識され語り継がれているような事柄をはっきりとした解説で知ることができたのはとても有益でした。
察するに、当時のアサヒカメラ編集部は加速するコンピューター時代において、人の手がより濃く関わっていた時代のレンズ設計にまつわる資料を商売っ気なしに、なにか特別な使命感のようなものをもって編集にあたったのでは?と思います。

アサヒカメラ1993年12月増刊号 
カメラの系譜 郷愁のアンティークカメラ III レンズ編


「黎明期のレンズ性能を実測する」

~角度をかえていえば、この時代の国産レンズは、ドイツレンズのコピーを通じて、多くのノウハウを摂取しつつ、5社が共同してドイツに誕生した新種ガラスの技術を追う、というのが実情であった。
そういう時代に誕生した国産レンズも、40数年の歳月を経て、いまや神話・伝説のベールに覆われてしまっている。今回の企画は、そうしたベールを少しだけ持ち上げて、いまや世界に冠たるレンズ王国といわれるにいたった源流を垣間見ようというものである。



そして、本の最後におまけ程度に1993年の視点から古いレンズを語る座談会が開かれているのですが、その中にとても当Blogにふさわしい言葉があったので一部抜粋しておきます。

「その時代の光を写す 往年のレンズ」
出席者=田村彰英・田中長徳・飯田 鉄・萩谷 剛

田中 ~それからいちばん大事なことは、ブランドにそこそここだわる部分と、ブランドにまったくこだわらない部分の二つを自分のなかでうまく使い分けていくと、レンズ遊びが10倍楽しめるんじゃないかという感じがします。
飯田 そうですね、ほどよくブランドとバランスをとっていくというのは、そのとおりだと思います。あとは人を信用しない。(笑い)
萩谷 いや、まったくそのとおり。うまい、うまい。信用しない。
飯田 自分の目で確かめる。それしかないです。


というわけで、当Blogでいかにレンズの厳密比較をしてあーだこーだ結論付けていようとも、その描写を皆さんがどう感じてどう使いこなすかは別問題なのです。ま、ぶっちゃけ、デジタルカメラにレンズなんてなんでも……モゴモゴ。( ̄≠ ̄)


いちおうこの本のおすすめ度について書いてみますが、うーん……あんまりズミクロンだプラナーだ、なんて話は出てこないのでミーハーな側面からはイマイチでしょうか。戦後に発展していった日本のレンズ開発について当時の雰囲気が知りたいという方なら、個別にそういった資料を当たるよりも比較的簡潔に記事がまとめられているこの本の方が手っ取り早いと思います。量的には少ないですが、当時の設計者たちが自分たちの内幕を話す座談会はとてもおもしろかったです。

そういったミーハー的な記事はかなり少ないということを了解した上で、単純に知識欲がある方にはおすすめです。日頃、なんとなく分かった気でいるレンズ雑学が学者やメーカー技術者によって語られているのはとても安心感がありますので。あと、全体の1/3弱は作品未満の写真作例です。さすがに、全252ページが文章だけだと辞典並みのボリュームになって商売にならないかと。