えー、画像を被写体やシチュエーションで分けてふたつの記事にする予定でしたが、整理整頓が面倒になったのでいっきに全部掲載します。それに合わせて、前回、前々回と書きまくったプレビューについての答えや運用面の話もがっつり書くので、スマホの方は通信量(料)にご注意ください。

あのAPO仕様の中判マクロレンズ #1 レンズ構成が古めかしい……
http://sstylery.blog.jp/archives/69016024.html

あのAPO仕様の中判マクロレンズ #2 中判のMTFはどう読むの?
http://sstylery.blog.jp/archives/69059853.html

それでは過去最大規模のレンズ記事、ぞんぶんにご覧あれ!


カメラは旧機種のEOS 5D
Apo-Makro-Planar 120mm F4 すべて絞り開放
Photoshop Camera RAWの現像設定は忠実設定から微調整、一部ゴリゴリ現像

ピクチャースタイル: 風景から彩度を抑えて調節。ほぼ等倍ですが非常にしっかりした結像を見せます。
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ボケチェック。このように形が残る背景でも後ボケの輪郭が立つことはありません。
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中望遠的なボケが得られないかと試行錯誤の2枚。120mmという焦点距離は、やはり100mmマクロとは違います。
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ピクチャースタイル: 忠実設定でこの立体感は凄い。S-Planar 100mm F4も同じ感触ですが発色は負けます。その差、約20年。
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あんまり絵になっていないのでゴリゴリ現像でごまかし。
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曇天で木の下なので光が軟調過ぎる状況。ピクチャースタイル: 風景で華やかさを演出しました。
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さすがに青空は忠実設定からやや彩度上げ。
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歪曲は微妙に糸巻きです。120mmは中途半端にパースが残る難しさがあり、きっちり水平垂直が決まっていません。
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CONTAX 645の現役時代にこのレンズをコテコテと表現した方がいましたが、まさにそのとおりの写り。これが忠実設定で無補正というのが恐ろしい。
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120mmマクロは被写体から離れなければいけない不自由さがあり、狭い空間では中望遠マクロのような縦横無尽のフレーミングが苦しいです。
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この画像の注目点は影になっている葉の色の豊かさで、赤が地味に沈み込む忠実設定でこの描写は驚異的。
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わざとぞわぞわした背景を選んでボケチェック。
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忠実設定+曇りぎみの陽射し+色味の少ない被写体でなぜこんなに立体感が出るのか。
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120mmは望遠域に属するので、被写体と背景が分離しがち。ここが単純な絵柄になりやすいこのレンズの物足りないところで、中望遠マクロとはかなりキャラクターが違います。
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しかし、単純なクローズアップは望遠レンズの特性により、とても容易です。
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逆光対策はしっかりしていて、レンズに直射光が入らない限り色とコントラストはびくともしません。
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このような中途半端な距離感ではボケが回り始めてもおかしくありませんが、中判レンズを35mmカメラで使う贅沢さが功を奏してか、周辺のボケは整っています。
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この一連の葉っぱは実際にはもっと薄暗い光のため、さすがにコントラストを立ててリカバーしています。色はさわらず。
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1/2倍以上に寄って本来のマクロ撮影。120mmは圧縮効果が増すので、このような接写はかなり楽に絵が決まります。
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スナップ撮影をしない人間がてきとうに1枚。
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この鉄骨の渋さと、先ほどまでの緑の艶やかさの落差がものすごい。
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こういった厚みのある花びら表現はMakro-Planar 100mm F2.8を思い出す人も多いでしょう。
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いろいろな角度から狙ってみましたが、この被写体はどう撮っても渋いままでした。
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Apo-Makro-Planar 120mmはとにかく分厚い階調が印象的。
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意図的に画質低下を狙いました。三脚に固定したカメラを反対側からのぞいてみましたが、レンズ内部にもろに直射光が入っていて、これはしかたがないと思います。
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「Apo-Makro-Planar 120mm  F4 詳細解説」


その1 個性について

まず特筆なのは今回の現像設定が忠実設定で、ほとんどの写真が無補正なことです。これは自分でも信じられないのですが、いつものようにピクチャースタイル: スタンダードでRAWファイルを開くと、どうも色とコントラストがくどくて変な作り物感があり、しかたないのでいろいろパラメーターを探っていくと、急激に写りに繊細さがでて良い雰囲気になったのがピクチャースタイル: 忠実設定だったのです。

このようなプロファイル選択が強い日差しを軟調現像で緩和するための手段ならよくわかるのですが、Apo-Makro-Planar120mmの場合はやわらかな光でも忠実設定が合うのです。これがなにを意味するかというと、このレンズはもともとの色彩コントラストが高く、色の描きわけがとても優れているということです。CANONの説明では忠実設定はただの地味なプロファイルではなく、“地味な色は地味に、鮮やかな色は鮮やかに、忠実に再現します”とあるので、Apo-Makro-Planar 120mmのこまやかかつ力強い描写特性がそのまま生かされる相性の良さがあるのでしょう。

そして、軟調な現像設定で十分な立体感があるわりには、全体の明暗差はカチカチでないのがこのレンズのもうひとつの特徴です。厚みのあるなめらかな階調再現はMakro-Planar 100mm F2.8ととてもよく似ていて、このことはZEISSがクローズアップ撮影用のMakro-Planarに特別な思想をこめていることを意味します。

一般撮影用、特に人物撮影が想定されるCONTAXのPlanarには、かつてユーザーを虜にしたある種の華やかさが垣間見えますが、それに対し、クローズアップ用のMakro-Planarはいつの時代でも被写体の忠実度を保つかのように独特のおだやかさを漂わせるのです。

被写体は厚みのある階調で立体感を主張しますが全体の明暗差はそれほどでもない、これがMakro-Planarに共通する特徴で、“ZEISSはMakro-Planarに特別な思想をこめている”と言い切ったのは、S-Planar 100mm F4、Makro-Planar 100mm F2.8、Apo-Makro-Planar 120mm F4、Makro-Planar 100mm F2 ZE/ZFと、すべてが同じ方向を向いているからです。(※この流れの先頭に属するS-Planar 100mm F4だけは設計の古さがあらわれているのか、癖のある階調感です)

特に今回、まるでレンズタイプの違うMakro-Planar 100mm F2.8とApo-Makro-Planar 120mm F4に同じ階調再現を感じたことから、ZEISSが収差補正のみならず、写真の具体的な写りをコントロールするノウハウを持っていることは自分の中で確信めいたものになりました。Makro-Planar 100mmをEOSで使っている方は、掲載したApo-Makro-Planar 120mmの画像を見て素直に同じ描写だと思うはずです。Makro-Planar 100mmを手放して久しい自分にしても、試写の第一声が「あ、これMakro-Planarと同じだ」ですから。

あのAPO仕様の中判マクロレンズ #1 レンズ構成が古めかしい……
http://sstylery.blog.jp/archives/69016024.html

ただし、Makro-Planar 100mmは地味な忠実設定との掛け合わせでこのような満足感が得られたかは定かではなく、この点については開放F4のApo-Makro-Planar 120mmのほうが設計に余裕があり、色彩コントラストがさらに上である可能性があります。(※手元にMakro-Planarがないので比較できません)

また、“色とコントラストが良い”というのはCONTAXによく使われる表現ですが、この言葉の本質的な意味は単に彩度が高く明暗差が強い描写のことではなく、青い光の中で黄色みを描ける、黄色い光の中で青みを描ける色彩表現の多彩さ繊細さと、被写体の丸みを立体的に表現する部分的な階調の良さを示しているのだと思います。これらを兼ね備えたのがApo-Makro-Planar 120mmで、忠実設定で写真が容易に成立する発色とコントラストには素直に驚きましたし、それでいて人工物の渋さをそのままに表現できる過剰演出のなさは、まさにZEISSがマクロレンズに求めたバランス感覚を体現しているのかもしれません。



その2 描写性能について

具体的な描写性能その他については前回記事で予想したことが良くも悪くもすべて当たってしまい、中判レンズを35mmカメラに着けると解像力はどうなるのか?という疑問は、デジタル前夜のレンズ設計という素性のとおり、中判フィルムに最適化され、35mmレンズほどの解像力は持ち合わせていないという答えになります。

あのAPO仕様の中判マクロレンズ #2 中判のMTFはどう読むの?
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等倍画像を観察すると、遠近すべての撮影距離で解像線がやや荒く、ZEISSは当時のセオリーどおりに中判レンズを35mmレンズに並ぶような不必要な高解像にしない代わりに、収差補正の余力を他の性能に割り振っていると思われます。解像線が荒いというのはどの程度か?というのを言葉で表現すると、他の35mm判マクロレンズの持つような等倍の繊細さはなく、ディテールを形作る点描写はまるで解像のイマイチなズームレンズのようなぼそぼそした感じになります。

ただし、この説明で勘違いして欲しくないのは、ZEISSは決して解像性能に手を抜いているわけではなく、レンズの結像自体は1:1まで非常にしっかりしていて画面の端まで乱れなく、ファインダーのピント合わせは無限遠も含めて非常に容易です。さらに、アポクロマート補正による色収差の見えなさには次元の違う気持ちよさがあり、逆光のフリンジを気にせずにどんどん撮りまくれる爽快さは自分がはじめて体感したものです。従って、Apo-Makro-Planar 120mmの画質については収差補正が行き届かず等倍画質が悪いというよりも、もともとの解像性能を控えめに設定し、その上で画面全体の収差補正に努めた中判カメラ用の高画質であると考えたほうが適切ではないかと思います。

マクロ撮影の醍醐味であるボケについては、一般に好まれる輪郭線が立たないタイプでどちらかというと前ボケのほうが硬い感触があります。しかし、120mmという望遠マクロのためか、すぐに大きなアウトフォーカスに移行してしまいピント前後の微妙な味わいはほぼ得られません。あり余るイメージサークルから得られる隅まで均一の丸ボケは中判レンズを35mmレンズで使う際の特権ですが、被写体から離れる望遠マクロの特性からか、その使いこなしはなかなかに難しいものがあります。

逆光耐性は、そもそもが口径を十分に使い切っていない35mmフルサイズ撮影のために本当のところはよく分かりません。鏡胴の作りとしては特に反射要因は見当たらず、耐久性に不安があったS-Planar 60mm F2.8 AEG(初期型)の三重式反射防止筒をもっと単純な二重構造で実現し、後玉周りは完璧です。実写では画面の端で起こりがちな指向性フレアの発生はなく、真正面から強い陽射しが入ったときだけおだやかにフレアっぽくなる印象です。



その3 実際の運用面に言及したまとめ

Apo-Makro-Planar 120mm F4について、これまで書いてきたことを整理すると、写りの質感はMakro-Planar 100mm F2.8以上のぐいぐいと主張してくるような色彩の豊かさと立体感があり、アポクロマート補正で逆光をものともしない描写の乱れなさは見事、しかし、解像力は中判フィルム準拠であり解像限界では35mmレンズにやや劣る。こんなところですが、それ以上に根本的な良し悪しを決めるのが35mmフルサイズで望遠域となる中途半端な画角で、実撮影ではこの焦点距離の長さにすべてが支配されるといっても過言ではありません。

それはなぜか?というと、まずはこの比較をご覧ください。

右: Apo-Makro-Planar 120mm F4   左: S-Planar 100mm F4
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これ、自分で比べてみてビックリしました。100mmマクロとこれだけ撮影範囲が違えば、かなり撮り方が変わってしまうのです。


120mmマクロの良い点は、
  • 被写体が大きく写るので、100mmでは届かない距離感のクローズアップ撮影が可能。
  • 圧縮効果が増すのでピント面に入る領域が増え、本来はシビアな1/2倍以上の絵づくりが楽。
120mmマクロの悪い(難しい)点は、
  • 被写体から離れる必要があり構図作成時の俯瞰/仰角の自由度が狭まる。
  • 圧縮効果が増しボケも大きいので、主役と背景が分離しがちで味がない。

と相反する要素をもち、実際に使えば100mmマクロと似ているのは焦点距離の数字だけという事実をひしひしと感じるはずです。もっというならば、これは自分が提唱する135mmレンズが難しいのは自分のせいではない説に相当する焦点距離で、中途半端にパースの残る望遠マクロのフレーミングは中望遠マクロのような自由奔放さは得られず、かといって200mmクラスの望遠接写のような単純な切りとり効果もないというかなりテクニカルな難しさがあります。

Apo-Makro-Planar 120mm F4の使い勝手についてまとめると、120mmマクロというのは100mmマクロとはまるきり別のレンズであり、どちらか一本で両者を兼ねることはできないという面倒な結論となります。

ようするに、Apo-Makro-Planar 120mmをいくら気に入ったからといって、中望遠マクロが不要になることはないということです。あああ……。(こういったジレンマを痛感すると、ズームマイクロを開発したニコンの考えがよく理解できます。Ai AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D


最後に、中判サイズであるApo-Makro-Planar 120mmの鏡胴ですが、F4という暗さに加えエレメントの配置に偏りがないためか、重心らしきものを感じないただのぶっとい筒で、マグネシウムボディのEOSに装着すると非常にがっしりとした剛性感が得られます。これはガラスの重さに鏡胴(ヘリコイド)が余裕で勝っていることも大きく、今回、掲載した梅のクローズアップなどはほぼ等倍でMFの鏡胴が伸びきっているにも関わらず、絶大な安心感でシャッターを切ることができました。

その意味では、被写体を高倍率でズバリ切り取るような撮影スタイルにはとても合っているレンズかもしれません。重さはMakro-Planar 100mm F2.8と同等で、問題となるのは太さと繰り出し量だけなので。(フィルター径は72mmと一般的)

Apo-Makro-Planar 120mm F4と他のMakro-Planarとの具体的な違いは厳密比較をしていないので明確には言えませんが、イメージ的にはS-Planar 100mm F4の持つ立体感、深みのある階調と、Makro-Planar 100mm F2.8の持つ発色と品の良さを併せ持つうえにアポクロマート補正が付加されて、まさにCONTAX最後のMakro-Planarとして集大成といえるでしょう。

しかも、中古市場では電磁絞りのためか安値安定で、ひじょ~~に手に入れやすい状況が続いています。問題となるのはα7で使う場合の電子接点付アダプターの価格の高さですが、ヘリコイドは金属式の完全なMFレンズですから、絞り開放オンリーの単純なマウントアダプターでEOSに着けて振り回すのもおもしろいかもしれません。なにしろ安値で済みますしね。


以上、ものすっごい量を書きまくりましたが、きちんと事実にもとづいた感想のつもりなので、文章の途中でホントかな~?と思ったら最初に戻ってじっくりと画像を眺めてみてください。たぶん、Makro-Planar 100mmの所有者ならなるほど!と思っていただける内容かと思います。

ではでは。



おまけで強い現像補正いろいろ。適当にトーンカーブをさわっただけですが、濃厚な油彩画ができあがりました。
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