東京光学(トプコン)……という名前は普通のカメラファンにはあまり聞きなじみがないんじゃないかと思います。自分もそのうちの一人で、あいまいにぽや~んと浮かんでくるイメージさえもありません。ただひとついえるのは、その昔はすごいメーカーで、戦時中はニコンが海軍に、東京光学が陸軍にそれぞれ軍事用の光学機器を製造開発していたそうです。あのニコンと並び立つくらいですから、やはりただものではないのでしょう。

しかし、その一方で、とても博識なお戯れ記事を連載しているこちらのBlogでは、東京光学の民生用カメラ部門は撤退が既定路線だったのでは?という言及があり、Wikipediaによると1981年には一般向けのカメラ販売を終了しているとあります。(※会社自体は存続しているので、京セラやコニカミノルタみたいなものでしょう)

会計士によるバリューアップ クラカメ趣味
「R氏とのカメラ・レンズ談義 その43」

まあ確かに、一眼レフのマウントを後玉まわりに余裕のないExaktaから変えなかったところなんかは、カメラ界の覇権を取るぞ!といった気概は特に感じません。1980年代というのは各社のAFカメラが登場する時期ですから、いさぎよくカメラ開発をやめてしまうのなら、まさに正しいタイミングだったのかもしれません。のちにAF化の波に乗れず、いきづまるオリンパスの窮状をかえりみても。

後玉周囲にまったく余裕のないトプコンのExakta(改)。
新型の50mmでは後玉が他社と同等サイズになりましたが、マウント筒の内側が薄く削られているなど、とても無理がある構造です。

左: RE.Auto-Topcor 58mm F1.4
中央: RE GN TOPCOR M 50mm F1.4
右: NOKTON 58mm F1.4 SL IIN(NIKON F)
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そんなわけで、世間的には情報の少ないTopcorレンズ、その描写の一端を解き明かしてみようということで、まずは当時の一眼レフ用大口径レンズの国内の歴史を整理してみます。


1960年 NIKKOR-S Auto 58mm F1.4 6群7枚
1961年 AUTO ROKKOR-PF 58mm F1.4 5群6枚
1961年 R58mm F1.2(CANON) 5群7枚
1963年 RE.Auto-Topcor 58mm F1.4 5群7枚
1964年 FL58mm F1.2 5群7枚
1966年 MC ROKKOR-PF 58mm F1.4 5群6枚

1962年 NIKKOR-S Auto 50mm F1.4 5群7枚
1964年 Super-Takumar 50mm F1.4 5群8枚
1966年 FL50mm F1.4 5群6枚
      ~~ 中略 ~~
1973年 RE GN TOPCOR M 50mm F1.4 5群7枚


これを見るに、RE.Auto-Topcor 58mm F1.4の登場はやや遅めですが、レンズ枚数は他と同等でコストダウンがなく、当時の一線級レンズだったことが推測できます。しかし、東京光学は他社のようにF1.2でさらなる価値を持たせたり、50mm F1.4へと移行していく流れには乗らず、現行レンズを改良しないまま最終的に50mm F1.4を発売したのは1973年と、かなりの独自路線です。

つまり、この時代のTopcorレンズの個性とは、積極的な性能競争に乗らなかったゆえのやる気のなさ奥ゆかしさなのかなと思いますが、果たしてその実態は?



最初の画像がRE.Auto-Topcor 58mm F1.4、後の画像がNOKTON 58mm F1.4 SL IINですべて共通。

注記なければ絞り開放 マニュアル/絞り優先AEで設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル


絞りF8
Topcorの基本的な画質はNOKTONより明確に黄色くて画角がやや広く、樽歪曲が強いことです。
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歪曲の差は画面下のレールに表れています。
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Topcorの最大の特徴は逆光性能の低さです。このゴーストはセンサーと後玉間の再反射かもしれませんが、とにかく画質が安定しません。
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NOKTONの優れた逆光性能はフィルム時代の基準となりえるものです。
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絞りF8
収差の多いレンズですが、絞り込むと周辺部まできっちり解像します。
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反射防止性能が低いために、こういった光では絞り開放の甘さだけでなくより繊細な(軟調な)雰囲気になります。
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絞りF2.8
絞ってもまだやわらかいです。NOKTONとの差はシャドーの締まりのなさ。
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オールドレンズらしい描写が歩道手前部分のフレアっぽさにあらわれています。
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周辺減光は多めで、Planarよりも四隅が暗くなるNOKTONよりもさらに暗いです。
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歪曲は-2.0%以上でぐんにゃり。これはPlanar 50mm F1.4と同程度です。
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NOKTONは歪曲がおさえられています。
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ボケの暴れ具合を見ようと思ったら、それよりもまず逆光の影響が出て画面の下半分が軟調化しています。
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NOKTONのボケは安定しているので、非点収差は小さめと思われます。
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近接して背景を溶かすと、絵柄の差は見えにくくなります。ただし、ピントの取りやすさはNOKTONのほうが上。
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絞りF2.8
絞ると収差が減るので、ほぼ同じボケです。12012


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寄ると球面収差が変動するのか、それほどきつい二線ボケには見えません。
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絞りF8
ピントは中央の黄色い標識。
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絞りF4
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これもきっちり画質差を見るとTopcorの暗部が浮いており、現代のレンズとしてやわらかさが売りのNOKTONよりもさらに軟調です。
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無粋なゴースト(後玉-センサー間の再反射)が出たのでハレ切りをしましたが、それでもNOKTONより軟調です。言い換えればクラシカル。
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厳しい逆光なので、NOKTONもハレ切りをすることで全体のコントラストが上がっています。
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この絵で見るべきはTopcorの色収差の少なさ。
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フードで直射光が切れているこの無難な状況でもNOKTONとは階調差があります。
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【画角合わせ】
より正確に画質差を探るために、マクロスライダーを使って両者の撮影範囲をあわせます。しかし、距離調節に時間がかかるので、絵柄によっては陽射しが動いてしまっています。


丸ボケは輪郭が強く二線ボケ、画面周辺部では口径食とコマ収差によるゆがみが目立ちます。
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寄った場合、TopcorはかなりNOKTONに似てくる印象です。
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逆光気味で軟調化。収差補正は優れていないはずですが、それほどボケは暴れていません。
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ボケが乱れやすい絵柄を選びましたが、Topcorはよく耐えています。(※背景のグルグルやざわざわは小さい画像だと強調されて見えるので、できるだけ大きい画像で確認してください)
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NOKTONも完璧ではありませんが、模範的なボケの落ち着きです。
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RE.Auto-Topcor 58mm F1.4はやはりイイ!! というのがあらためてこのレンズを推し量ってみた自分の感想です。正直な話、どんなレンズでも発色よくツヤツヤの階調を描きだす近年の優れた撮像素子では、Topcorの良さはそれほど感じられないのでは?と思っていましたが、それはむしろはっきりとわかるほどでした。

RE.Auto-Topcor 58mm F1.4の個性は、日差しに対する階調変化がとても敏感なことで、一般にそういった特徴は反射防止性能の低いレンズに共通する事柄となります。しかし、自分がこれまで体験してきたレンズの中でなにか違うと感じさせるのは、標準レンズとしては突出したサイズの前玉にたっぷりととりこまれた光がもたらす豊かで繊細な階調描写です。常に軟調化しているわけでもなく、あるいは鏡胴内に致命的な弱点があるわけでもないその反射防止性能の適度なゆるさ、これがTopcorの魅力のもとになっているのでしょう。

隙あらば環境光による階調変化を起こしていて収差は多いが、それなりにコントラストも出る。

これがTopcorのおもしろいところで、古いレンズの雰囲気描写となる逆光のコントラスト低下は1963年という発売年代なりの収差フレアと合わさって、時に撮影者が気づきにくいほどのさまざまな表情を見せるのです。厳密比較をおこなうこのシリーズ記事の実感としては、OrestonやXenonやContarex PlanarやElmarよりも画面のあっちこっちで階調変化が起こり、しかも、それが唐突な画質破綻でないところが味わいと呼べる所以です。

RE.Auto-Topcor 58mm F1.4(東京光学)
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NOKTON 58mm F1.4 SL IIN
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はっきり言って、Topcorの画質は悪いです。特に前玉があれほど大きいのに四隅はNOKTONよりも暗く、丸ボケは強い口径食とコマ収差ではっきりと変形します。設計の基本となる球面収差は過剰補正であり、ピント合わせはコマフレアや非点収差が一体となってかなり見にくいです。

しかし、実際にこのレンズを使うとその画質の悪さが気にならないというか、もしかしたら58mmという焦点距離のボケやすさがうまく作用しているのかもしれませんが、寄れば二線ボケが強いというほどでもなく、光の強弱によって硬軟が変化しながら絞ればコントラスト向上、F8では画面の端まで高解像と、Topcorの写りはその場面場面でふさわしいバランスを保っているかのように、撮影者に絶妙な味わいをもたらしてくれるのです。

あえて画質的にダメなところ、注意点を挙げるなら、それは強い歪曲と中距離でボケきらない背景のざわざわした描写です。これらはオールドレンズとしてはありがちな部分ですが、Topcorはその度合いがやや大きいので、どうしてもこの二点が苦手というなら素直に他のレンズを選んだほうがいいでしょう。


最後に、この比較の動機となった、NOKTON 58mm F1.4 SL IIN(復刻版Topcor)はオリジナルのRE.Auto-Topcor 58mm F1.4をどこまで踏襲しているのか?という疑問について結論を出すと、「限定版の外観以外、画質はまったくどこも似せていない」となりますが、コシナは自社のカタログでもそのようなことを匂わせていますし、昔の画質を再現したとはひとことも言っていないので、消費者を騙しているわけではありません。

今回、直接、オリジナルと比較してわかったのは、NOKTONはTopcorに比類するような古めかしさはなく、優秀な周辺画質と歪曲補正を実現した優等生タイプの写りです(コストダウンか、色収差だけは多い)。なぜ、コシナがこうしたのか?というのは、ようするに、あまり描写の癖を強くすると使いこなしの難しさがでて嫌われてしまうからで、ある意味、オールドレンズが初めてという方にちょうどよいバランスで最適化されているのがNOKTON 58mm F1.4なのかもしれません。

レンズ探求 #5 NOKTON 58mm F1.4 SL IIN 野外比較



【RE.Auto-Topcor 58mm F1.4とNOKTON 58mm F1.4 SL IINの違い】

色調  相対的にTopcorはNOKTONより黄色い
明るさ  Topcorは環境光によって揺れ動く
コントラスト NOKTON>Topcor

解像力  NOKTON>Topcor
ボケ  NOKTON>Topcor
歪曲補正  NOKTON>Topcor
周辺光量  NOKTON>Topcor

逆光性能  NOKTON>Topcor
画角の正確さ  NOKTON>Topcor
絞り羽根  Topcorは6枚 NOKTONは9枚
最短撮影距離  Topcorは45cm NOKTONは45cm


しかし、この58mm F1.4、いろんな意味でよく次の50mm F1.4まで10年ももたせたな……と思うほどですが、実は何本か試したトプコンのレンズはすべて似たような雰囲気がありました(58mm F1.8、マクロ50mm、マクロ135mmなど)。となると、Topcorが好きな人はみな、このおだやかな繊細さを好んでいるのかも?

ひとつ注意点としては、このレンズは逆光性能が低いから、その分、シャドーを締めようなどと単純に調整してしまうと味が消えてしまいます。RAW現像はElmar 50mm F3.5や他の軟調系のレンズと同様に、できるだけもとの階調を生かすことを意識するととても楽しめるはずです。