Planar 50mm F1.4をS/Nばらばらで複数お借りすることができましたので、これにて決着としたいと思います。カメラは今どきのミラーレス2400万画素機、こちらの経験値も当初よりも増したということで自分の中ではこのテストに疑いの余地はありません。


まずは基準となるS/N:581 黒刻印。これは描写が非常に安定しているように感じるので、当時、日本に出向していたCarl Zeissの技師がお手本として組んだものではないかと妄想していますが、根拠はいっさいありません

すべて同一現像、ミラーレスのピント抽出機能を過信せずに各々ピントブラケットした中から、できるかぎり絵がそろっていると思われるものを選び出しています。


個体A S/N:581 AEJ黒刻印
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個体B AEJ初期型
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個体C AEJ中期型
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個体D AEJ中~後期型
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これらのテスト画像を等倍で見る限り、Planar 50mm F1.4の絞り開放描写はピント付近のコントラストの立ち方に差があり、このわずかなメリハリの加減によってファインダー撮影でピントを引き寄せる最後の追い込み時の「クッ」という感覚の違いが生まれるようです。その他にはピント付近のハロ、前ボケのやわらかさなど微細な差異は認められますが、明らかに分解能が高くキレのある描写というものには一度も遭遇できませんでした。仮にZEISS流の設計が組み立て精度に厳しいとして、解像力の差を厳密なチャートテストで確認できたとしても、それよりも簡単に確認できているピント付近のコントラストの状態が初期玉神話の正体であると結論付けたほうが自然だと思います。

なぜって? それはこの都市伝説が安価なフルサイズ機、EOS 5Dが普及し始めた2006~7年あたりに一番熱を帯びた噂だからです。この時期のカメラの画素数、解像度の低いファインダー撮影の優位という注釈が付くこと、さらには誰一人として当たり玉が優位な画像を示せず具体的な言及もなかったことから考えると、この説は無責任な我々ユーザーや中古販売業者がアサヒカメラの測定データを拠り所に、「ピントが見易いから分解能が高いはずだ」「ZEISSだから当たり個体は素晴らしいに違いない」という過度な幻想を膨らませた結果ではないでしょうか。

この噂に関連することとしてもうひとつ、MMJ時代になって性能が落ちたと言われるAEJ優位説がありますが、これについてはMMJのサンプル数が少ないので何とも言えません。長年使っている手持ちの一本を見るだけでは、やはりごくわずかな個体差の範疇で、野外実写では発色以外の区別がつきませんでした。

今回、お借りしたサンプルを描写順に並べると、個体A≒個体D>個体C≒個体Bという、まさにS/N無関係にバラバラという結果となりました。実際、これがファインダー撮影に影響するかというと、どれでもそれなりにピントは合いますし、難しい時はどれも難しいという個体差以前にPlanar 50mmの描写特性が立ちはだかります。そんなわけで、当たり個体はフォーカシングの最後の追い込みを助けますが等倍のシビアな精度には関与しませんし、そのための個体差に拘るのならファインダースクリーンを純正以外に変えたほうが手っ取り早いはずです。(※CONTAX、EOSともにスクリーン性能はピント抽出に特化していません)



では、実際に解像限界付近をチャート撮影で見てみるとどうなるか?という実験が以下となります。

L版に印刷したチャートを壁に貼り付け(※見苦しいのでチャート以外は塗りつぶしています)、ピント合わせのターゲットを中央の14-12線としました。さすがにチャートがこの小ささだとライブビューでも解像ピークを一発で狙うことは不可能なので、勘で行った複数回撮影の中から一番くっきりとした画像を現像時に選び出しています。

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絞りF1.4 
最初の画像がピントの見易い個体A、次がやや見づらい個体Bで共通。(※このサンプルのみクリックで拡大)
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絞りf2.0
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絞りf2.8
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まず、絞り開放で目立つのはフレアの差で、個体Aが画面の周辺部で均等に発生しているのに対し、個体Bは左側がとてもくっきりしていながらも右側はコントラストが低くぼんやりしています。一見、高コントラストの部位がある個体Bの方が高画質に見えてしまいますが、ピントの中心が14-12線ということを考えると均等性がなく、やや不可思議な描写と言えます。この違いは特に右上の三角形のフレアの様子でよく分かります。

解像は入念に複数回撮影の中から選び出しているのでほぼ同じですが、潰れ際も含めて微妙に個体Aの方がチャートの正確性を保っているようです。ここから一段絞ってF2.0になると急激に画質が締まってABの差はかなり縮まり、F2.8では若干ピント操作がまずかったのか、個体Bの方が高画質となります。

この結果は最初の定規撮影や、Planar 50mmの個体差のよく分からなさととてもよくリンクする内容だと思います。まとめると、

  • ファインダー撮影のピントの見易さの主要因はコントラストでそれはハロが関係している。
  • そのハロは単純に量の問題というよりも均等性に違いがあり、おそらくそれが画面全体の解像力と奥行き方向の描写(=ピント合わせ)にも影響を与えているのではないか。
  • 解像はきっちりピントが合えばその差はごくわずかに観測できるが、常に解像ピークを捉えることは不可能かつ立体物を狙う実撮影でこの画質差はほとんど体感できない。
  • さらにこの画質差はF2.8で完全になくなるので、現実的な絵作りとしてはほぼ無視できる。

以上のことから、アサヒカメラに掲載された数値性能の差は事実、しかし実用面では解像力の差として実感できず、その理由はもともとが個体差という微細な違いであることに加えて、クラシカルなF1.4というものが曖昧な画質であるうえに非常に繊細なピント精度を要求されるからと結論付けられます。

これを裏付ける撮影例はこちら。ピント合わせで狙ったのはARUKASの黒い枠の上のフチで、他のテストと同様に慎重にシャープなカットを選び出して比較しています。個体ABは前のテストと同じ。

全体像
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絞りF1.4 最初の画像がピントの見易い個体A、次がやや見づらい個体Bで共通。
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ピントの入り方が微妙に違っていてところどころ画質が逆転しているような感触もあります。
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ところで、一般の噂話としての認識では、Planar 50mm F1.4の個体差はこのような明確な差と思われているのではないでしょうか? 

記事の下段にかなりのばらつきを見せる個体差比較があります。
このレンズがこれだけばらつく理由は恐らく、後群の三枚貼り合わせによる製造難度の高さでしょう。

「PENTAX交換レンズ」の能書きあれこれ
「 Super-Takumar 1:1.4/50 」の詳解 編

http://home.a00.itscom.net/shisan12/bunkai07.htm




【追記】
その後、自分にも多少の知識が付いてきたということと、これに関連するなかなか良い記事を見つけたので、Planar 50mm F1.4の個体差について専門的な解釈をしてみたいと思います。当たり前ですが、この内容に正確性がないことを予めご了解ください。


まず大前提ですが、CONTAXがMTFによる全数検査をしていたとしてもそれは単に製造公差から外れた個体を見分けているだけであって、実際に販売された商品に個体差はあります。歴史あるCarl Zeissだから品質管理は厳格なはずだなんていうのは幻想で、まさに曖昧なフィルム時代だからこそ起こり得たユーザーの強い思い込み=願望といえます。当然、その中には自分もいましたが。 (;^_^A

レンズ製造には量産化によって生じる性能低下や製造誤差がつきものですが、これをメーカーがどう扱っているかが伺える記事がこちらです。

メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!
キヤノン EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM
http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/interview_dcm/684376.html


また、机上の設計性能だけであれば、レンズの構成枚数を少し増やすことで、このサイズで画質を高めることは光学設計上は比較的容易にできるのですが、問題はそれをいかに作りやすく設計するか、という部分です。レンズの研磨からメカ機構、それを組み立てる際の精度、そして経年劣化など、現実のレンズには必ずある程度の誤差が伴いますが、そうした誤差があっても、性能劣化を抑制する設計手法が近年培われてきました。

レンズを小型化するには、パワーの強いレンズを使って光を大きく曲げれば良いのですが、一般的にパワーの強い(屈折力の高い)レンズは位置がずれたときの画質劣化が大きく、製造誤差や経年劣化に弱くなりやすい傾向があります。

このII型は、スーパーUDガラスや蛍石といった特殊硝材や、高屈折率材料を適切に使用することで、基本的な光学性能を高めつつ、さらに、誤差があっても画質に影響しにくい最適なバランスを追求した設計になっています。


すこし脇道に知れますが、とても興味深いのは下段の“一般的にパワーの強い(屈折力の高い)レンズは位置がずれたときの画質劣化が大きく”という一節で、これで思い出すのは50mm F1.4以上に個体差が大きいと思われる85mm F1.4 AEGで、後群の張り合わせに加えて前群にある分厚いガラス(※厚みで屈折力を稼いでいる)が性能をばらつかせる要因になっているのかなと適当に想像します。


本題ですが、今回、Planar 50mm F1.4で行ったチャートテストの画質差を説明する記事はこちらです。

A君のレンズ設計物語
第6回:偏心収差論アリマス
http://www.cybernet.co.jp/optical/course/story/06/

博士「そのとおり。解析対象の収差も、共軸収差論の拡張という見地に立っているので、分かりやすいと思うぞ。さて、偏心収差論で扱う収差には前述の種類があるが、製造誤差程度の微小な偏心では以下の収差が支配的じゃ。
  • 偏心コマ
  • 偏心による像面の倒れ
  • 1次の偏心歪曲

まず一番大事なのは、製造誤差程度の微小な偏心では偏心コマ、偏心による像面の倒れが支配的と書かれていることです。コマ収差というのは点像のハロ(微細なフレア)を画像平面方向に拡大させ、像面の倒れはピント面の対称性を崩します。先のチャート画像のABで観察できたのはハロの出方、ピント面の傾きの違いであり、これはまさに製造誤差による微小な偏心という状態に合致します。

さらに、この収差変動には以下のような傾向があるそうです。

A君「偏心コマ収差が画角に依存しないというのは、どういうことですかね?」
博士「うむ。次の図は、偏心収差と共軸の各収差の画角依存性を示している。

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製造誤差程度の微小な偏心量を想定すると、画角の狭い光学系では像面の倒れや偏心歪曲はあまり問題にならないが、偏心コマは、軸上から軸外まで全ての領域で発生する。ちょうど、共軸光学系における球面収差が軸上から軸外まで全ての領域で発生するのに似ているね。そういう意味からも、偏心収差としてはもっとも重要と考えてもよいかもしれん。

共軸というのは偏心がなくガラスの中心軸が揃っている状態で、このグラフは画面中心から画角が広がるにつれて増えていく収差量を(相対値として)示しています。ここで注目すべきは横一線の偏心コマで、解説にもありますが、本来はコマ収差の影響がない、あるいは影響が見えづらい画面中心部にも偏心によって一定量の画質低下が発生することを示唆しています。(※初期玉記事のピントテストはすべて画面中心部で行っているので、とても重要な事柄)


・コマ収差は点像にハロ=滲みをもたらす
・偏心によって増大するコマ収差は画面の中心部にも影響をもたらす


この二つを捉えると、Planar 50mm F1.4のピントの見易さの差に光学的な仮説を立てることができます。

Planar 50mm F1.4の光学ファインダーによるピントの見易さの差はコントラストの違いであり、その原因は偏心コマのハロによるピントピークのコントラスト低下が関与している。そして、このマクロ的なコントラスト低下は像面の倒れとともに解像力の平均値を下げ、アサヒカメラの測定データのばらつきに結び付く。

真実はこんなところでしょうか?
もし、これが正しければ、レンズの収差に詳しい方からしてみれば「個体差って偏心でしょ? 偏心してたらコマフレアで多少、ピントは見難くなるかもね、ハハハ~」みたいな簡単な話かもしれません。え……