戦前戦後シリーズの第4回は、とうとう戦前のレンズに突入します。
そこでひとつ質問。写真レンズにおいて戦前と戦後をわける大きな要素とはなんでしょう? その答えは間違いなく反射防止コーティングのありなしです。初期の一層膜コーティングは1面につき平均5%あるガラスの反射率を2%以下にまで低減することで、場面を問わないクリアな写りを実現するものですが、この発明で多大なる恩恵を受けたのがレンズ設計です。
かつては内面反射の増加を防ぐために、できるだけ少ない群数(反射面の数)を意識せざるをえなかった設計手法から、コストが許すかぎりは自由なレンズ配置が許される時代へ。これによって標準レンズの主役に躍りでたのがガウスタイプであり、その象徴ともいえるのが1950年代初頭に発売されたSummicron 50mm F2です。このレンズは当時としてはスタンダードな開放F2ながら、6群7枚構成という非常に凝った設計で長らくその性能の高さを写真界に轟かせるのです。
初代のSummicronは戦前のSummitarのレンズ構成を拡張したもので、反射面の数は8面からいっきに12面へと増えています。
ただし、ここで光学設計に詳しい方は疑問に思うでしょう。Summicron 50mm F2がその性能を得るために必要だったのが新種ガラスであり、これもまた重要なピースだったといえます。正しく言い直せば、戦後のレンズ設計を変えたのは反射防止コーティングと新種ガラスであり、このふたつが合わさることで写真レンズは次の段階へと進むことができたのです。
しかし、考えようによっては、新種ガラスはこれまでの光学ガラスの延長線上にあるもので、真の革命とは反射防止コーティングだったとはいえないでしょうか? 短絡的な仮説ですが、戦後に新種ガラスがなくても写真レンズにはさして不都合はなかったかもしれませんが、反射防止コーティングがなければいつまでもレンズ設計は群数に縛られ、逆光に対する弱さは克服されないままなのです。
反射防止コーティングこそが写真レンズの革命である。
と、今回はあえて単純化し、シングルコーティング発明前後の描写の違い、またはその意義をXenon 50mm F2(Exakta)で検証していきたいと思います。
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カテゴリ :「レンズ探求(各社レンズ比較)」「よもやま話」