オールドレンズ界隈で、‟標準レンズの帝王”という言葉はあっちこっちでしつこいくらいに出てきます。しかし、これはメーカー自身がカタログに書いた言葉で、少なくとも自分の見聞きした範囲ではCONTAXの現役当時にこんな大それたことを言っていた人はひとりもいなかったですし、今だって写真趣味の集まりでは「このレンズは標準レンズの帝王と呼ばれていて……」なんて大真面目に語られてはいないと思います。つまり、この言葉はオールドレンズ解説の枕詞に便利だからネット時代に爆発的に広まっただけ。

【国内版のPlanar 50mm F1.4の解説】
カール・ツァイス交換レンズを代表する高性能レンズ。光学ガラスの進歩とカール・ツァイスの最新の設計理論から生まれた優れた描写力は標準レンズの帝王ともいうべき逸品です。
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【USA版のPlanar 50mm F1.4の解説】
A fast, high-performance standard lens incorporating the latest achievements in optical glass and correction of image errors. Valuable both for fast action and low light levels.
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(※てきとう意訳 光学ガラスと収差補正における最新の成果を取り入れた、高速で高性能な標準レンズです。 速い動体と微光量下の撮影で役立ちます)

このように、プレミア感を演出する国内版の解説と違って、USA版はごく簡潔に新しい50mm F1.4の特長をまとめているだけです。なぜ、このような温度差があるのか?というのは、当時の日本人のドイツレンズに対する強い憧れに加え、もしかしたら、YASHICA/CONTAX以前の高級カメラであるContarexが王(rex)という単語を用いていたことにあやかったのかもしれません。

と、こんな書き出しをすると、自分が日本人のブランド志向を皮肉っているかように思われるでしょうが、しかし、昔の自分もまた、思いっきりCarl ZeissやPlanarという言葉の響きにうっとりと夢を見ていたのです。


本当にフィルム時代の自分はどっぷりとツァイス神話に浸かっていて、その陶酔具合は今ふりかえると恥ずかしいぐらいでした。ただ、ひとつだけ救いだったのは、その頃の自分はとにかく写真表現が面白くってしかたがない実写主義だったことです(※フィルム撮影はデジタルカメラのように自己完結できなかったので、ほとんどの人がそうだったはず)。そういった観点では、たしかにツァイスレンズはさまざまな悪条件でも味わいのある発色と階調を見せ、CONTAXを使うことに特別な意味を見い出せていたことは間違いありません。

Planar 85mm F1.4、Planar 135mm F2、Tele-Tessar 200mm F3.5、Distagon 35mm F1.4……。しかし、幾度となく素晴らしい写りを得られ、その写真を見た一般の方たちをも感心させたレンズ群に、Planar 50mm F1.4は入らないのでした。このレンズ、F1.4の面白さはあるのだけれど、(90年代の)他社とあまり変わらないなあ……。

これが当時の素直な感想で、だからこそ、このBlogでも自分はPlanar 50mm F1.4をあまり褒めていません。そして、その個性の薄さは図らずもレンズ比較の記事で証明されてしまうのですが。(※明るい50mmは設計が皆よく似ているので、時代とともに硝材やコーティングが良くなってくると描写に差が見出しづらくなる)


ところが、その比較記事を連載しながら、だんだんと収差について詳しくなってくると、Planar 50mm F1.4がさして個性のないダブルガウスレンズという印象は誤りだったことに気付くのです。


あわわ~~こりゃ、本当にPlanar 50mm F1.4は標準レンズの帝王だわ、と。


‟標準レンズの帝王”ということは、レンズの明るさをも性能に含めたNo.1という意味だと仮定しますが、たしかに、アサヒカメラで示された収差図、解像力、MTFなどのトータル性能は同時代に設計された他社を超え、アサヒカメラ 1993年10月号の「50㍉レンズを再評価する」という特集では‟画質で1つ上の階段である「F2~F1.7クラス」と対等に勝負している”、さらには、‟これが20年前の設計ということに、あらためて驚かされる”と評されています。(※いちおう注記しますが、この記事で取り上げているのは学術的な性能評価を単純化したもので、個々の印象に左右される官能評価は除外されています)

「近代の50mmレンズを俯瞰できるアサヒカメラの記事」

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しかし、ここで物知りの方はこの記事内の発言に、ちょっと待った!と疑問を投げかけるはずです。アサヒカメラでは、Planar 50mm F1.4は9年ごとに三つの個体が測定されていて、新しいシリアルナンバーほど数値性能が落ちているわけですから。

実は、この点についても執筆者は配慮していて、一番、数値性能が良かった初回の測定結果は使わず2回目の個体を対象にしていますし、数値性能がさらに悪くなり疑問符がついた3回目の測定はこの記事が書かれた翌年の話となります。したがって、いちおうの公平性はあり、むしろこの記事内で評価の高かった2回目の個体をさらに上回る1回目の個体のできの良さが際立つかたちとなっています。


Planar 50mm F1.4の初期ナンバーは本当に優れているのか?


これについて当Blogでは、実写結果では違いがわからず、当たり外れがあるとしてもそれは単なる個体差の範疇(=等倍レベルで確認できる微差である)と結論付けましたが、アサヒカメラで計測された数値を見る限り、たしかに、当時のヤシカ/Carl ZeissはContarex時代の最高級レンズを受け継ぐものとして、Planar 50mm F1.4をできうる限りの高性能に仕立てようとしたことが伺えます。

その性能とは、絞り開放から実用になる球面収差の完全補正型で、カラー時代に対応するコントラスト重視設計、しかもそれは解像力を犠牲にしない各収差の少なさに支えられ、唯一、Zeissが力を入れなかったと思われるのは歪曲補正だけです。とびぬけて優れたところがあるわけではないが、ボケも発色もコントラストも解像力も良いPlanar 50mm F1.4は、1970年代の50mm F1.4としては総合力で抜きんでていて、それまでいくつかのデメリットを抱えていた他社の解像力重視型とは一線を画した次世代のレンズだったと言えるでしょう。もちろん、その性能を出すために十分なコストをかけられるCarl Zeissのブランド力も大きかったはずですが。(※話は戻りますが、一時期に取りざたされたPlanar 50mm F1.4の当たり外れは時代的に無理をした設計性能による偏心敏感度の高さが原因だったのでは?と推測しています)


そんなわけで、発売当時に別格であり、そこから18年が経過しても、まだ他社よりも頭ひとつ抜けていると評されたPlanar 50mm F1.4が‟標準レンズの帝王”とうたわれても間違いではないのかもしれませんが、しかし、現実には、誰もそんなフレーズを真面目に語り継いでいないことは事実として押さえておきたいものです。(繰り返しますが、ネット時代に広まった煽り文句であり、フィルム時代にこんな具体性のない言葉を使っていた記事や写真家は記憶にありません)

「カメラスタイル number 21」 
カールツァイス・レンズ特集 株式会社ワールドフォトプレス
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最後に、もう一度、当時の宣伝文句をふりかえってみます。

カール・ツァイス交換レンズを代表する高性能レンズ。光学ガラスの進歩とカール・ツァイスの最新の設計理論から生まれた優れた描写力は標準レンズの帝王ともいうべき逸品です。

これをもうすこし控えめに言い換えると、‟Planar 50mm F1.4は高性能な標準レンズであり、コストをかけて他社よりも優れたものを目指した自信作です。”となり、たしかにメーカーの意図は間違っていないと思います。



……などという結論に達したさまざまな数値性能を眺めていると、とある50mmレンズを見て、あほコンタックスまにあはこんな顔になったのでした。


( д)  ゚ ゚


絞り開放の解像力(本/㍉) 中心200 平均155
F5.6の解像力(本/㍉) 中心250 平均187


は? これSUMMICRONに匹敵する数値だよね?


誤植かと思って、別の本を引っぱり出して確認してみると、像面の平坦性と非点収差良し、歪曲まあまあ。


え? なんで、50mm F1.4なのに50mm F2のSUMMICRON並みの解像力が出てるの?


通常、F値が暗いレンズは設計が有利であり、SUMMICRON 50mm F2がいつの時代でも優れているのは開放F2のレンズを高級品として十分なコストをかけているからです。それなのに、この驚くほどの数値性能を持つレンズは開放F1.4なのです。しかも、中心解像だけでなく平均解像も良い、つまり画面中心部だけが突出して優れているような歪な設計ではないのです。


これって……Planarと双璧をなすもうひとつの王者では……(ゴクリ)


果たして、そのレンズとか何か? ほんとうにそれはSUMMICRON並みの性能なのか? それはだいぶあとにいつものシリーズでやりたいと思います。まだ撮影がぜんぜん終わってないので、サイナラ~~~ ε=ε=ε=┌( ̄ー ̄)┘