さてさて、Xenon 50mm F1.9(EXAKTA)ですが、このレンズ、バリエーションがあり過ぎてわけが分かりません。だいたいこういう有名レンズは研究家がいて、製造期間やマイナーチェンジなどをまとめてくれているはずですが、自分の検索力ではそういった記事は出てきませんでした。(※誰か一人が断片的な情報を書いたからといって、それをそのまま鵜呑みにはできない)


Xenon 50mm F1.9についておおまかに分かったのは、まず35mmカメラの交換レンズ用としてALPAとEXAKTAマウントが発売し、その後にレチナSシリーズのDKLマウントやEdixa ReflexのM42マウントへと広がっていったということです。

ALPA、EXAKTA 1950年代初頭~
DKL 1958年~
M42 1960年代初頭~


このように整理すると、Xenon 50mm F1.9の初代がとても古いことに驚くのと、そこから20年近くにわたって作られたレンズがすべて同じはずがないという疑念が生まれます。同じ4群6枚構成でも硝材は段々と良くなっているはずですし、コーティングの質については言わずもがな。ただし、当初は高性能だったものを改良せずに長い間作り続けることで、結果的にそれがコストのかからない都合の良いレンズになり、市場での格も落ちていったという現実も考えられます。

ともかく、製造期間が長く、マウントも多種にわたるXenon 50mm F1.9を安易に一括りにして語ることはできないので、あくまで、今回の個体の製造年である(?)1957~58年という時代性を意識しながら描写を見ていくことにします。


最初のカットがXenon 50mm F1.9、後のカットがPlanar 50mm F1.4 AEJ(F2)ですべて共通。

注記なければ絞り開放 マニュアル撮影で設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル
※Planar 50mmの絞りF2はRAW現像で周辺減光を足し、そこからさらに絞り込んだ場合は補正なし。


絞りF8
Xenonの基本的な特徴は、画角がPlanarよりやや狭く、色味はほぼニュートラル、コントラストは高めとなります。
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絞りF8
色調、コントラストともにマルチコーティングのPlanarに遜色ありません。解像力は像面湾曲の関係か、周辺部でXenonが微妙に劣っています。
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この画像での注目点は、像面湾曲によって標識下部の前ボケがPlanarよりも大きくなっていることです。
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Planarの絞りF2は後処理で周辺減光を足していることに注意。そうする理由は、全体の諧調を合わせないと色とコントラストの厳密な判定ができないからです。
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絞りF4
反射防止性能が低いレンズではこの程度の逆光でシャドーが浮き始めますが、Xenonはきっちり写っています。
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奥側に曲がっていく像面湾曲によって、画面周辺部の被写界深度が深くなっていることがよく分かります。
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Xenonは本質的なコントラストが高さがありながら、球面収差の強い過剰補正により細部がぼわっと低コントラストになる複雑な描写性能です。
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後ボケは完全な二線ボケで、前ボケはやわらかく拡散。このメリハリ感はとてもオールドレンズらしいです。
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Planarは一段絞って絞り羽の形が出ているので、あまり参考になりません。
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二線ボケと同時に見るべきは、ピント付近である看板の軟調描写です。
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逆光なので、さすがにシャドー浮き。左上のぞわぞわした背景描写を絵画的と見るのがオールドレンズに対する現代の評価です。
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Planarの柔らかなボケもこれはこれで良いものですが、この比較では常にF2に絞っていることにご注意ください。
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絞りF4
花壇を見ればわかるように、特に癖のない発色をしています。
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Xenonの特徴がすべて出たカット。半逆光で画面全体のにじみが増し細部のディテールは軟調化、それでいて色調は正確でおおまかなコントラストが維持されているという面白い描写です。
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絞りF4
絞ればきりっとします。絞り開放とそれ以外の二面性がかなり強いレンズです。
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絞りF5.6
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反射防止性能が高いため、コントラストの高い場面ではきちんとそのように写ります。
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これぞXenonと言えそうなべたっとした細部描写に絵筆のような二線ボケ。ピントの線が立たないので、ミラーレスの拡大機能を使っても厳密なピントを拾うのに苦労します。
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この被写界深度の差も像面湾曲です。画面左のシャドーが浮いているのは、おそらく右の画面外にすぐ直射日光がきていたため。
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背景が二線ボケするといっても、光の質によってはそれなりに柔らかくなります。
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厳しい逆光では、さすがに古い時代のコーティング性能の低さが露呈します。
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Planarは一段絞っているので、やや有利な条件かもしれません。(絞り羽がフレアカッターのように作用して有害光を切ることができる)
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歪曲の比較ですが、直線だけ見れればいいので光は揃っていません。Xenonの歪曲は一眼レフとしては良好、最大で-2.0%付近のPlanarとは明確な違いを見せます。
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Planarの樽型2.0%という数値は、これ以上、歪曲が増えると実用が苦しくなるぎりぎりの数値です。
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絞りF4
Xenonの発色は絞り開放ではほぼニュートラル、絞りこんだときに微妙に黄色味が増すようです。様々な場面の実感としては、古い硝材とコーティングということもあり、ニュートラル付近で色味が微妙に揺れ動くといった印象です。
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絞りF8
遠景解像は十分で、マイクロコントラストもきりっとしています。しかし、周辺部はやはりPlanarよりも落ちるようです。
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強い光では本当にピントが取りづらくなります。
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コーティング性能は低くないのですが、もともとの描写特性として、強い光では細部のにじみが派手になります。
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絞りF8
手前側が日陰になっていますが、Planarと比較しても中庸な色が出ています。
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太陽は画面内、古いシングルコーティングでは耐えられません。
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Xenon 50mm F1.9(EXAKTA)の感想は………

す、すげえぜ!! シュナイダーさん!! (誰?)


とは言っても、あくまで現代の目線からという注釈はつくのですが、その写りには最初から驚きました。1950年代のレンズですから絞り開放の画質は悪く、見事なまでに極小フレア(ハロ)でぼわっとしているのですが、それが他の優れた要素と絡み合ってうまい具合に芸術的な描写になっているのです。はっきりいって、普段、AFレンズを使っていてオールドレンズに興味がある人は、このレンズを選んでおけば他に目移りすることもなく、古い描写の味を末永く楽しむことができるのでは?と思えるほど。(※サムネイルの解像度では細かな違いが省略され過ぎているので、クリック後の1000px画像を確認することを推奨します


では、その芸術性の高さとは?


・球面収差の過剰補正型なので前ボケはふんわり、後ボケは二線ボケと前景背景の印象が強いのだが、ボケ過ぎないF2クラスなので絵のまとまりが良い。

標準レンズで強い過剰補正型は珍しくないのですが、開放F1.4のように何が何だか分からなくなってしまうような浅い被写界深度ではなく、本質的に絵の見やすさがあります。また、その被写界深度の深さにはピント面が画面の奥へと曲がっていく像面湾曲も関与しているので、余計にボケ難い絵(ピント面と背景のつながりの良い絵)となっています。
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(※左: Xenon 50mm F1.9、右: Planar 50mm F1.4(F2)で以下共通)


・細部は滲んで低コントラストなのに、全体としては淡い描写にならず絵が力強い。

強い過剰補正型のハロによって被写体の細部は軟調化しているのですが、もともとのコントラストの高さがあるために独特の厚みがある諧調描写になっています。例えるなら、水彩ではなく油絵。
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・以上のように、開放F1.9ではかなり収差が出ていて癖が強いのにボケは乱れず、グルグルもざわざわも目立たない。

具体的には非点収差がよく補正されているといえるのですが、これによって背景が暴れることなく品の良い雰囲気を醸し出しています。
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・歪曲収差も良好で、直線の曲がりは抑えられている。

これもXenonの使いやすさに寄与していて、建物を狙ったらぐんにゃりと歪むようなことはありません。画像は画面全体の右半分です。直線がずれているのはPlanar 50mmの方が画角が広いため。
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まとめると、全体としては高画質なのに絞り開放だけは解像線が大きく滲んでいるという特徴的なバランスがあり、さらにその開放画質に反射防止性能の高さによるハイコントラストが加わることで油絵風の力強さが生まれています。

Xenon 50mm F1.9が他の過剰補正型の標準レンズとやや違うのは、もともとが開放F2クラスの整った画質であることに加え、50年代の古いレンズなのになぜだか反射防止性能が高く、絞り開放の甘い画質がふんわり系にならず強いメリハリを維持していることです。これにより、歪曲も少なく、ボケも乱れない万能的な使い勝手がありながら、絞りF1.9では厚みのある諧調に細い線、光の滲み、絵画的な二線ボケが楽しめるという個性派オールドレンズと堅実派オールドレンズの両方の性質を併せ持つようなレンズとなっています。


この絶妙な設計のさじ加減は、現代的な視点では「さすが名門シュナイダー」となるのでしょうが、実際のところは、単に絞り開放の画質を割り切っただけのように思います。なぜかというと、Xenon 50mmで優れた収差補正が行われているのは絞っても改善されない収差だからで、逆に絞り開放のマイナス面となっている球面収差の強い過剰補正などは中間画角の膨らみさえ抑えられれば、絞り込んだ時のシャープネスに繋がるのです。ということは、総合的に見てXenon 50mmが目指したのは1950年代初頭の高級レンズであり、実際にF1.9からわずか1/3段、多めに見ても2/3段絞り込んだだけで、この甘い描写はきれいに消え去り高画質レンズへと変貌するのです。歪曲収差/非点収差/色収差が優秀で像面湾曲はまあまあ、コマ収差はそれなりにあるが隅の丸ボケがとがるほどではなく、球面収差の過剰補正量だけが突出して多いという特徴をなんのバイアスもかけずに評価するならば、一時期の日本製50mm F1.4の思想と同じく絞り込むと急激に画質が上がる解像力重視型の設計といえるでしょう。

正直、自分としてもこの極端な味付けはシュナイダーの芸術的センスによるものだと思いたくて、当時の写真界にそう言った要望があったのかどうかを世界の写真史などを絡めて考察してみたのですが、それを証明するにはメーカーの解説や海外の写真誌などを調査しなければならない壮大な話になるので諦めました。確かに、1900年代前半だろうが、それよりも前の1800年代だろうが、芸術家たちは写真機をとても興味深い表現媒体だとして様々な試みを行い、現代に通じるレンズワークも駆使しているのですが、彼らが画質の悪い開放絞りを味と認識して使いこなしていたか?は別問題なのです。そもそも、明るい場所では絞ることが昔の常識ですし、ライカ使いで有名だった木村伊兵衛氏もレンズは開放から二段くらい絞ったところがおいしいという発言をしています。

あくまで個人的な考えですが、現代の積極的に(無理やりにでも)開放絞りで画を作ろうとする撮影者の姿勢はデジタルカメラやフィルムがその低画質を芸術性に変換できるほどの性能を備えるに至ったからで、当時の状況で大口径レンズの低画質を芸術表現として見なせたか?というのははなはだ疑わしいのではないかと思います。背景をぼかすにしても、別に絞り開放を使わなくても焦点距離と被写体の位置関係次第ですし、35mmカメラでは大きくボカしてしまうと返って画面内の情報が失われてしまうというドキュメンタリー的な感覚もあるでしょうし、さらにピントがきちんと合うのかというメカニカルな問題もついてまわるはずです。

ただし、レンズの味と性能という関係性は昔からデリケートな話題であったらしく(※設計者は数学者として収差の低減を目指すが、写真家は曖昧模糊とした写りの味について論評する)、自分の所有している本の中では1930年代の記事(の採録)でさえ味についての言及があることを補足しておきます。

history of art

History of Photography

※とかく現代日本では、海外にはボケの概念がなかったなどと短絡的に言い回されますが、それは写すべき主要被写体を差し置いて背景描写に固執する日本人特有の変わった観点であり、そうではなく撮影時に必然的に発生するボケの効果(※露出合わせによる絞り値、画角、被写体の位置関係によって自動的に決まるもの)は間違いなく写真家に認識され絵柄に生かされていたことがこれらの画像から伺えます。


長々と脇道にそれましたが、個人的には、Xenon 50mm F1.9の開放画質は高画質レンズを目指した当時の設計の限界だったのではないかと推測しますが、あまりにもうまく描写がバランスしているので、これがシュナイダーの意図的な味付けだったらすごいなあ……という優柔不断な感想で締めたいと思います。



*****

今回、比較画像の絵柄や枚数が意外とあっさりしているのは、別に徹底的に比較をしなくても描写が理解できるほどにXenonの癖が分かりやすかったからで、実は一番大事なのは次に控えているContarexやSUMMICRON-Rを交えた50mm F2比較となります。そこで同時代のレンズとの差を明らかにすることで、Xenon 50mm F1.9の時代的な立ち位置が完全に判明することでしょう。

でも、せっかくですから、いちおうPlanarとの差異は示しておきます。ほとんどPlanarの方が上なのは、設計の時代差が20年以上あるので当たり前。


【Xenon 50mm F1.9(EXAKTA)とPlanar 50mm F1.4 AEJ(F2)の違い】

色調  相対的にXenonは絞り開放ではニュートラル傾向、絞り込むとPlanarよりやや黄色い
コントラスト ほぼ同じ
先鋭度  Planar>Xenon
ボケ  Planar>Xenon
歪曲補正  Xenon>Planar

逆光性能  Planar>Xenon
画角の広さ  Planar>Xenon
絞り羽  Xenonはカーブのある6枚羽(※世代により違う) Planarはギザギザ
最短撮影距離  Xenonは50cm付近(※初期型を除く) Planarは45cm


Xenon 50mm F1.9の正体は……解像線は細く、ごくわずかに絞り込めばぐんと性能が上がり高級レンズ並みになるのに、開放F1.9だけはぼわぼわで、しかしコントラストは強く油彩画的なメリハリのある万能的かつ濃い味のオールドレンズ!!


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Planar 50mm F1.4再考 #29
現在制作中