前回の続きで、Contarex Planar 50mmm F2が本当にその格付けにふさわしいレンズかどうかを調べるために、同時代のPancolar 50mm F2(Exakta)と比較してみます。

参考までに海外のCamera-wiki.orgによると、当時の広告に記載されたContarex I + Planar 50mm F2の価格は1450DM(ドイツマルク)、Exakta Varex IIa + Pancolar 50mm F2が691DMと、カメラ本体を含んだ価格としては、2倍少々のひらきがあります。技術の極まった現代では価格差2倍のレンズがその描写で明らかな差をつけるなんてことは考えにくいですが、この時代は硝材も設計も発展途上、自分自身もオールドレンズマニアといえるほど詳しくないのでこの比較はまったく予想がつかず、とても興味深い内容となります。

※シリーズ記事なので、検索などでいきなりこの記事に辿り着いた方は以下のリンクを前もってご覧ください。

レンズ探求 #21 Contarex Planar 50mm F2 野外比較

レンズ探求 #20 Contarex Planar 50mm F2 室内比較

なぜ、Pancolarなのか?というのは、Contarex Planarと同じ1950年代の設計かつ4群6枚ガウス型の一眼レフ用交換レンズという条件を満たしているからです。

ただし、信頼性のあるオールドレンズ記事ならこの人!というM42スパイラルさんによると、Pancolar 50mm F2はFlexon 50mm F2のマイナーチェンジらしいので、1959年発売のContarex Planar 50mmm F2よりやや設計が古いかもしれません。設計が古いということは使用している硝材も古い可能性があるので、もしかしたら今回の焦点であるコスト面を脇に置いたとしても、ややPancolarに不利があるのかもしれませんが……。

M42 Mount Spiral
「Carl Zeiss Jena Pancolar 50mm F1.8(M42)rev.2」

Pancolarのルーツはプロ用一眼レフカメラのPraktina、およびExaktaの交換レンズとして供給されたFlexon(フレクソン) 50mm F2で、このレンズは1957年から1960年までの3年間に19400本が生産されている。Flexonは1959年にPancolar 50mm F2へと改称され、その後1969年までの10年間で133500本が生産されている。


が、そんな難しいことばかり言っていてもしかたがないので、とりあえず始めてみましょう、Contarex Planarが本当に王様レンズなのかを検証するための厳密比較。

それではみなさん、レンズがPancolarということでお手を拝借、

(・人・)パン  (#゚Д゚) コラ-!! 


最初の画像がContarex Planar 50mm F2、後の画像がPancolar 50mm F2ですべて共通。

注記なければ絞りF2 絞り優先AEで設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル

※マニュアル撮影では両者の明るさに差がでますが、今回はその画像は省略します。


絞りF8
まずは前回と同じ遠景を比べてみます。中央の解像力は気のせい程度にContarex Planarの方が上、周辺部は像面湾曲の違いでピントの入り方が違い、等倍画像を見ると手前までそれなりに被写界深度が取れているのがContarex Planarです。
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左下の草が分かりやすいのですが、逆光のコントラスト低下がContarex Planarよりもさらに強いです。
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色味はCONTAX Planarを基準とすると、Contarex Planarがやや青く、Pancolarはやや黄色い。
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Pancolarの描写のポイントは非点収差です。像面が大きく割れているのか細かいボケはざわざわ、グルグル傾向です。
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画角はほぼ同じに見えますが、強い歪曲収差によってPancolarの画面はぼこっと立体的に膨らむので、写る範囲としてはややPancolarの方が狭く感じます。
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中央のボケはPancolarの方がやわらかいのに、端のボケはContarex Planarよりもニ線ボケが強くなるというPancolarの画質の不均一性がよく表れています。
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Pancolarにコントラスト低下、ゴースト。強い内面反射によって、黄色味が増しています。
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画面周辺部のボケに落ち着きがあるのがContarex Planarの美点。
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絞りF5.6
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歪曲は大きな差があり、PancolarはContarex Planarとは比較にならず、CONTAX Planarの-2.0%をゆうに超えているでしょう。
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遠景ですが、絞っていないので周辺画質の違いが明確に表れています。ピントは画面中央の階段付近、Pancolarは遠景も近景もフレアっぽく滲みながらも細い線があるという独特の描写です。
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Contarex Planarは右上に逆光の光線かぶり、Pancolarはさらに強い光線かぶりと左下に薄いゴースト。
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鏡胴の構造によって発生する内面反射、ゴーストは両者とも似たような雰囲気です。絞りユニットに反射要因が多いと逆光に弱くなります。
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とにかくPancolarは像面の不正確さが特徴的で、Contarex Planarとは被写界深度の違いが目につきます。
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Pancolarは内面反射が多いようで、光が降り注ぐ構図になるとシャドーが浮き、画面が明るく写ります。その理由は、ガラス各面の反射が強まりある限度を超えると、光が回りまわって全体の露出量を増やしてしまうためです。
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通常はPancolarのほうが色収差が少なく見えるのですが、逆光のパープフルリンジはContarex Planarと同等以上に見えます。
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ピントを合わせた中央部分だけはPancolarの方がくっきりしています。
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これも像面の差により右下の背景描写が違います。
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大きい非点収差により、Pancolarにグルグルが発生。ただし、よく観察してみると四隅は落ち着いているので、割れた像面が交差して放射/同心が入れ替わっているのかもしれません。
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条件によっては、ほぼ同じボケ描写になるということで、レンズの世界は奥が深いです。
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まったく同じ絵に見えますが、パソコンで大きい画像を切り替え比較してみるとPancolarが歪曲収差ぐにゃっと歪んでいることが確認できます。
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絞りF5.6
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絞りF5.6
日陰の色味。
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さて、比較画像で何度も指摘していた像面の違いがPancolar 50mm F2の写りを読み解くキーワードです。とにかくPancolarの描写特性は特徴的で、強く湾曲した像面(ピント面)が画質の均一性を崩しながら歪曲収差がぐんにゃりと画像周辺部を歪ませ、大きい非点収差が時にグルグルを形作ります。現代的な視点から解釈すれば、とてもオールドレンズらしいと言えるのがPancolarであり、画質の乱れを楽しみたい方にはとても合っているレンズなのかもしれません。

オールドレンズらしさを助長する逆光耐性の低さも、別段、反射防止性能の高くないContarex Planarを下回り、全体的に良いところがないPancolarは確かに1950年代の古いレンズだと思います。唯一、Contarex Planarを上回るのが画面中央の狭い範囲のクッキリ感、ボケの良さですが、はっきりいってしまうと性能が良いのはそこだけなので、まさにコスト制限に縛られたPancolarの設計の限界を露呈しています。

奇しくも、Contarex Planarが画質の均一性に気を配った設計であることが災いして、Pancolarは余計に周辺画質の悪さが目立つ結果となってしまいました。


【Contarex Planar 50mm F2とPancolar 50mm F2の違い】

色調  相対的にContarex Planarは青く、Pancolarは黄色い
明るさ  ほぼ同等だが、Pancolarは内面反射の影響で画面が明るくなる場合あり
コントラスト ほぼ同等

解像力  Contarex Planar>Pancolar
ボケ  Contarex Planar>Pancolar
歪曲補正  Contarex Planar>>Pancolar
周辺光量  Contarex Planar≒Pancolar

逆光性能  Contarex Planar>Pancolar
画角の広さ  Contarex Planar>Pancolar
絞り羽根  Contarex Planarは途中で星形になるギザギザ Pancolarは6枚羽根
最短撮影距離  Contarex Planarは30cm、Pancolarは50cm


このように、厳密比較した結果はほぼすべての項目でContarex Planarが上となり、この時代に一眼レフ用レンズの全体性能を上げることは容易ではないということが伺い知れると思います。しかし、当時の普及品だったかもしれないPancolarをContarex Planarと比べるのは間違いだという指摘もあるかもしれませんが、まさにその差を確認することが今回の目的であり、Contarex Planar 50mm F2はその実力を十分に我々の前に示したといえます。

過去のレンズ比較を振り返ってみても、Oreston 50mm F1.8もPancolar 50mm F1.8もContarex Planarほどに整った周辺画質ではなく、かなり後のCONTAX Planar 50mm F1.7 AEJに匹敵するかもしれないそのトータルバランスの良さは、開放F値をF2に抑えた高級レンズの面目躍如といったところでしょう。

付け加えるなら、現代のマルチコートと比べてさすがに見劣りしたContarexのクラシカルな反射防止性能も、Pancolarの写りを見るかぎりはそれなりの優位性があるようです。素直に黄色味を示すPancolarに対し、やや青味がかるContarex Planarは硝材選択やそれに合わせたコーティングに関しても高級品らしい配慮があるのかもしれません。


そろそろまとめます。


ContarexのPlanar 50mm F2は、まさにその王たる名(rex)にふさわしい標準レンズか否か?


確かにそのとおり!!



……んで、今回のふたつのレンズの印象について。

まず、Contarex Planar 50mm F2は光学設計で最高を目指しつつも反射防止性能が時代なりというのは当時のシネレンズに近いのかな?と思いました。シネレンズ、1本も撮ったことはありませんが。次に、Pancolar 50mm F2はなかなかに描写が読めないレンズで、一芸に秀でている(ある部分が目立って荒れる)というよりは全体的に描写が悪いのですが、古いノンコート時代のレンズほどには手を焼かない感じです。最短50cmでそれなりのシャープネスはありますし、普段絞るような景色を積極的に絞り開放で撮影すると、味わいのある絵が得られるはずです。


ところでみなさん、せっかくの50mm F2ということで、Contarexはまだ他のレンズと比較してみようと思います。そうすると、出てくるのはアレですよ、アレ。いい個体が手に入ったら、また比較を行う予定です。はてさて、どうなることやら……。