そもそも、NOKTON 58mm F1.4というレンズはなんなのか?というところを整理しておきましょう。

まず、このレンズは2003年の暮れにAuto-Topcor 58mm F1.4として、M42/Nikon Aiマウントの各800本の限定生産品として発表されました。これは1960年代に生産されたRE.Auto-Topcor 58mm F1.4の外観を専用のフードに至るまで再現し、きちんとトプコンからライセンスを取得して作られたものです。ただし、当時の印象としては、オリジナルのレンズがあまりにもマニアック過ぎてそれほど話題にならず(ベテランのレンズグルメ以外にはぴんとこなかった)、限定生産にもかかわらずカメラ屋で売れ残りが発生していたようです。

カメラスタイル Number 24の広告より
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そのレンズが外観と名称を変え、VoigtlanderシリーズのNOKTON 58mm F1.4 SL IIとなって通常のラインナップに加わった後に数度のモデルチェンジを経て、外観が往年のMFニッコール的に作り替えられたものが現行品のSL IISとなります。言うなれば、最初はシルバー基調のTopcorだったのに、最後には刻印がカラフルなオールドNikkor風になってしまったという、なかなかにおもしろいレンズでもあります。WEBの紹介記事によると、光学系はすべて同じらしいですが。


復刻版 Auto-Topcor 58mm F1.4 (M42/Nikon Ai カニ爪、ゴムリング)
NOKTON 58mm F1.4 SL II (PENTAX KA/Nikon Ai-S CPU対応、ゴムリング)
NOKTON 58mm F1.4 SL IIN (Nikon Ai-S CPU対応、メタルリング)
NOKTON 58mm F1.4 SL IIS (Nikon Ai-S カニ爪 CPU対応、メタルリング、フィルター径の変更、シルバーリム/ブラックリム)


で、このNOKTON、当時の自分が復刻版の価値を理解できなかったくらいですから、その後のSL IIがでた時もまったくの無関心、しかし、その絞り開放での中判のような雰囲気と、インターネットでの評判がじょじょに気になり始め、ついには安値の在庫が入荷したタイミングで思いきって購入!となったわけです。

ところがところが、実際にこれを撮り比べてみると、その描写は往年のTopcorどころではなかったという話……。


最初の画像がNOKTON 58mm F1.4 SL IIN、後の画像がPlanar 50mm F1.4 AEJですべて共通。

注記なければ絞り開放 マニュアル/絞り優先AEで設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル


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実は、このたった4つの絵に両者の差はよく表れていて、NOKTONはPlanarに比べ明るさが暗く、コントラストも低いです。これらはシャッタースピード固定のマニュアル撮影ということで、この写りがNOKTONの本質的な描写と考えて間違いありません。

ただし、このように明るさが違うままで比較していくと、両者の細かな違いがつかみにくくなってしまうので、これ以降はRAW現像で明るさのみ微調整し、おおまかな写りを揃えることにします。



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最初の画像がNOKTON 58mm F1.4 SL IIN、後の画像がPlanar 50mm F1.4 AEJですべて共通。

注記なければ絞り開放 マニュアル及び絞り優先撮影で設定固定、WBは5200kから大雑把に調整
Photoshop Camera RAWの現像設定はα7でEOSのスタンダードを模したプロファイル
※RAW現像で明るさの微調整あり


NOKTONの特長は青味を帯びたクリアな発色ながら、ややコントラストが低いおだやかさがあることです。
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ただし、Planarは逆光でシャドー浮きが発生するために、常にハイコントラストというわけでもなくNOKTONとは複雑な画質差となっています。
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絞りF4
ここまで絞っても微妙に柔らかさが残っている感じです。
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NOKTONはPlanarよりも四隅の減光が大きいようです。
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絞りF8
焦点距離が違うので確実なことは言えませんが、Planarに対して画面全域で解像力が劣る感じはなく、反射防止性能の優位でコントラストが高くなっています。
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Planarは逆光で軟調化しています。他のオールドレンズとの比較なら確実にハイコントラストなのですが……。
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絞りF8
NOKTONの青味はクールトーンというほどでもなく、日なたでは黄色味も強く出ます。おそらく、全体としては癖のない発色特性ながら、やや近紫外線域の透過量が多いのかもしれません。
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Planarに逆光の画質低下が起こらない状況だと、NOKTONのやや控えめのコントラストがよく分かります。
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絞りF5.6
これぐらい絞ると、ほぼ同じ描写です。 
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絞りF5.6
歪曲は画角の優位もあり、NOKTONの方が優れています。それなりに樽歪みは感じますが、撮影していてPlanarほどの辛さはありません。
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おまけで、後ろに下がってNOKTONをPlanarの撮影範囲に合わせた画像。
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NOKTONの逆光耐性はPlanarよりも優れています。おそらく、もっとも大きな差となっているのが鏡胴内側面反射の少なさ。
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PlanarはMMJでこの逆光の弱さが改善されます。AEJはややクラシカル。
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絞りF8
両者にゴーストの発生はありません。
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Planarはお決まりのシャドー浮き。
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絞りF2.8
二段絞ってもNOKTONには柔らかみ(諧調の厚み)があります。
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画角が違うのでボケ質については判断がつかないのですが、画面の端まで似たような描写なのは確かです。
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ボケ量の差はともかく、よく似た背景描写です。
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NOKTONのボケはPlanarと同じく、ざわざわやグルグルが気になりません。
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やはりボケは暴れず、非点隔差は小さくまとめられているようです。
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NOKTONは落ち着いたクリアネスとでも言うべきか。
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若干、画面周辺部の丸ボケの歪みが早いように見えますが、その原因は周辺光量不足の影響でしょうか。コマ収差によるボケのとがりは特に目立たず。
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左端のボケを見ても、やはりよく似ています。
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絞りF2.8
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NOKTONは逆光性能が高いのに色彩コントラストが控えめという、興味深い描写特性です。
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NOKTON、Planarともに非点収差がよく補正されていて、多くの場面でボケはざわつきません。
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NOKTONのあきらかな欠点は色収差です。
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普段なら像面湾曲を確認する絵ですが、58mmと50mmでは元から被写界深度が違い過ぎてよく分かりません。中央も端もそれほど差はないように思えますが……。
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絞りF8
これだけ絞り込んでも、なんとなくPlanarに対して抜けの悪さがあるような気がします。
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絞りF8
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このぉ、コシナのくせ者めぇ!!
 という結論。

というのも復刻版Topcorなんて方便もいいところで、その中身はCONTAX Planar 50mm F1.4と同じカラー時代の優等生レンズです。はっきり言って、ピントはPlanarよりもくっきりと立つ完全補正型で、絞り開放の周辺画質も取り立てて乱れることのない良好な非点収差補正。当然、ボケも整っていて、像面湾曲も目立たず、歪曲も一眼レフ用レンズとしてはよく抑えられています。本当に、欠点といったら割と大きめに出てくる色収差のみ。

 まあ、標準レンズが巨大化し高性能になった現代の目から見れば、これでも古臭い変形ガウスの描写なわけですが、しかし、この設計をオールドレンズテイストと呼ぶのはかなり無理があります。だって、古さを醸し出すのにピント面の光のにじみさえ利用していないわけですから。(とはいえ、昔ながらの設計を逸脱していないので、コマフレアなどは当然あります)


では、このレンズにクラシカルな要素はないのか?というと、ちゃんとあります。とても不思議なのですが、NOKTONは発色も良く逆光耐性も高いのに、なぜだか軟調なのです。通常、古いレンズの低コントラストは内面反射の多さや、収差補正の不完全さ(主に球面収差の過剰補正量の大きさ)から来るものですが、NOKTONにはそのような要素はなく、鏡胴内の反射防止対策さえ十分です。それなのに、開放絞りどころか2~3段絞ったあたりまで柔らかみが残る独特の雰囲気があるのです。

これはおそらく、普段、CONTAXや1990年代以降の色とコントラストの良いレンズを使っている方には確実に感じ取れる味だと思います。発色はクリアーそのものなのに、どこかおだやかで厚みがある優雅な描写。この不思議な謎を解き明かす鍵は、NOKTONの絞り開放での暗さにあるのかもしれません。


PlanarとNOKTONをシャッタースピード固定でマニュアル撮影すると、NOKTONのほうが暗く写ります。つまり、NOKTONはレンズの透過性能が悪いわけで、もしかしたら、このことがコントラスト性能にも微妙な影響を与えているのかもしれません。これは素人の仮説ですが、コシナはこのレンズをデザインするにあたって、収差補正は使いづらさが出ない程度にうまくまとめながら、硝材の選定でコントラストを微妙に悪くするような味付けを狙ったのではないかと思います。あたかも、大昔にガラスの質が不十分だった時代のように。

(※この解釈が正しいかはさておき、CONTAXのMakro-Planar 100mm F2.8、Apo-Makro-Planar 120mm F4もかっちり写るのに軟調描写なので、内面反射や収差以外で意図的にコントラストを変える手法があると考えられます)


ここまで理解すると、コシナの宣伝文句のすべてに納得がいくのです。

Voigtlander NOKTON 58mm F1.4 SL IIS
http://www.cosina.co.jp/seihin/voigtlander/slr-mount/slr-58mm-s/index.html

大口径標準レンズとして伝統的に用いられてきた焦点距離に再注目し、ダブルガウスタイプのレンズ構成によるクラシックレンズの味わいと、最新の光学技術がもたらす現代的な性能を合わせ持たせたレンズです。カメラを持つことが憧れだった時代をイメージさせる、個性的な外観デザインを採用しています。

つまり、各社の現行ラインナップとはひと味違う58mm F1.4というスペックとオーソドックスなガウスタイプで商品の個性を出しつつ、やや長い焦点距離で設計が容易になるメリットをコストダウンと優等生的な収差補正に割り振り昔のレンズのような扱いづらさを排除する。そして、発色性能と逆光耐性を現代のものとしながらも、収差に頼らない軟調さでクラシカルな味を演出する。

これがコシナが出したひとつの答えで、現代の技術とクラシックレンズの味わいの両立なのでしょう。おおざっぱにまとめるならば、NOKTON 58mm F1.4(復刻版Auto-Topcor 58mm F1.4)はマニア向けではなく、万人向けの達者なさじ加減で作られたオールドレンズ風味の現行レンズ、となります。


以上のように、NOKTONはとてもうまく描写をコントロールされた質感の良いMFレンズですが、ただ一点だけ、機械的に残念なところがあるのです。それは、豪華な9枚羽根が早い段階から崩れていく個体差があることで、手元の個体は新品購入にもかかわらずF4程度ですでにイビツです(※機械式の絞り羽根では珍しくない現象ですが、崩れるのが早すぎる)。購入当時、この点についてコシナに問い合わせたところ、絞り羽根が似たような状態のサンプル個体を画像で見せられて「正常」との答えだったので、このあたりがフォクトレンダーの価格設定の限界なのかもしれません。(※実用的な意味では特に問題にはなりません)



NOKTON 58mm F1.4 SL IINとPlanar 50mm F1.4 AEJの違い】

色調  相対的にNOKTONはPlanarよりやや青い
コントラスト NOKTONは軟調、絞り込むとほぼ同じ
先鋭度  NOKTON≒Planar
ボケ  NOKTON≒Planar
歪曲補正  NOKTON>Planar

逆光性能  NOKTON>Planar
絞り羽根  NOKTONは9枚 Planarは6枚でギザギザ


ここまで読んで、なぁ~んだ、NOKTONって新しめのレンズとそんなに変わらないんだ、とがっかりされそうですが、おそらくコシナが目指したのはAFレンズを主体とする人たちに追加の1本で買ってもらうことです。そのために、好き嫌いの別れるような極端な味付けはせず、58mm F1.4という一般の標準レンズとは違う世界観を前面に押し出したのでしょう。ただし、それだけでは単に新しいだけのMFレンズになってしまうので、もうひと味つけ加えたのが、収差にも内面反射にも頼らない独自の軟調描写だったのではと思います。

1970年代の標準レンズとしては優れた収差補正で発色も良いPlanar 50mm F1.4 AEJ/MMJがもてはやされるのなら、NOKTON 58mm F1.4も十分にアリだと思いますがいかがでしょうか? 現行品だから新品で買えますし、中古を選ぶとしても、発売がついこの間なのできれいな物ばかりでしょう。そして、なによりも一番いいのはメーカーで正規のメンテナンスが受けられることです。

58mm F1.4というのは50mm F1.4と比較してより狭く、ボケやすく、被写体を見つめる視点に近づきます。その代わりに50mmの持つ広さは捨てなければなりませんが、中望遠ほどには被写体の切り取り効果はなくリラックスした空間が得られます。というわけで、人物、ペット、草花など、特定の対象物をスナップ的に撮りたい場合にはこの焦点距離はオススメです。